2014-08-01から1ヶ月間の記事一覧
「雲の柱」昭和8年6月号(第12巻第6号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) サンクインテン監獄を見る 村島帰之 桑港マーケット街 十月二十五日 いよいよアメリカを去る日が近づいて来た。殊に、同行の賀川、小川両先生に先へ行って了はれた後の淋し…
「雲の柱」昭和8年5月号(第12巻第5号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(3) 羅府からサンタマリアまで 村島帰之 (前承) 高橋さんとの別れ 十五日 空気のあくまで澄んだ海辺の丘上の一夜は、迚も寝心地の善いものであった。それで八時過まで寝込んで…
「雲の柱」昭和8年5月号(第12巻第5号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(2) 羅府からサンタマリアまで 村島帰之 (前承) モンテベロー 夕方から約束によりモンテベローの植松三代作氏邸へ出かげる。例により、高橋常次郎氏のドライブである。 植松さ…
「雲の柱」昭和8年5月号(第12巻第5号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) 羅府からサンタマリアまで 村島帰之 羅府少年審判所 十月十三日 午後から教会聯盟社會部の斉藤さんの案内で、高橋さんや久保田さんや徳武義さんと共に、羅府の郊外にある少…
「雲の柱」昭和8年4月号(第12巻第4号)への寄稿分です。 なつかし・羅府の日本街 羅府地震の報を聞いて、なつかしき同胞の身を 案じ乍ら、思ひ出を歌ふ 村島帰之アメリカ式の長い上衣に 膝の膨れたヅボンをはいて 短い足を内股に うつむいて歩くのは誰…
「雲の柱」昭和8年3月号(第12巻第3号)への掲載分です。 アメリカ巡礼(2) ベェニスの盛り場 村島帰之 (前承) 十一日 日曜、ハリウッドの日本人独立教会へ説教を頼まれて行く。今は無牧で、東條さんたちが世話をして居られる教會だ。一時間ほど話…
「雲の柱」昭和8年3月号(第12巻第3号)への掲載分です。 アメリカ巡礼(1) ベェニスの盛り場 村島帰之 二十五年病臥の奥住夫人 南加小児院に程近い小丘の上に、奥住夫人を訪ふ。夫人は今から二十五年前、電車に轢かれ両足を失ひ、爾来、今日まで四半…
「雲の柱」昭和8年1月号(第12巻第1号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼 羅府の日本小児園を見る 村島帰之 十月六日 午前十時、渡辺牧師が自動車で迎へに来てくれられたので、これに同乗して同氏の牧して居られる教會に行く。そして約一時間、婦人會の人…
「雲の柱」昭和7年12月号(第11巻第12号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(2) サンフランシスコ 村島帰之 (前承) 友遠きより来る 正午、小川ホテルに帰って、スキ焼を賀川、小川、今井、秋谷、村島の五人でする。賀川先生が煮き役だ。そこへ、ロ…
「雲の柱」昭和7年12月号(第11巻第12号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) サンフランシスコ 村島帰之 ハロイン 十月二十日 買物をしやうと思って、マーケット街を歩く。日本人の手になった菊の花がショーウィンドに匂ってゐる。各種の品物は弗…
「雲の柱」昭和7年11月号(第11巻第11号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(3) 香港近郊 村島帰之 (前承) フェーリーに乗る 正午、バークレーから今井よね子さんが訪れて来て下さる。そして、これからオークランドおよびバークレーを案内してやら…
「雲の柱」昭和7年11月号(第11巻第11号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(2) 香港近郊 村島帰之 (前承) 金門公団見物 十八日 午前九時起床。午後から秋谷兄と一緒に外出する。 ホテルに近い支那街には、到るところ、日貨排斥のポスターが貼られ…
「雲の柱」昭和7年11月号(第11巻第11号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) 香港近郊 村島帰之 再び桑港へ 十月十七日 午前八時、桑港ステーション着。 久し振りのサンフランシスコだ。前回にはオークランドを経、桑港湾をフェリーで渡って桑港に…
「雲の柱」昭和7年10月号(第11巻第10号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼 競技場と博物館 村島帰之 オリムピリク・スタヂアム 八日 けふもまた高橋さんの好意に甘へ、同氏のミシンでエキスポデション公園の博物館を見に行く。 美しい花壇が、ひろびろと展げ…
「雲の柱」昭和7年9月号(第11巻第9号)への寄稿文です。 アメリカ巡礼(2) 羅府・ハリウッド 村島帰之 (前承) 十月五日 朝食を高橋さん處で頂いてから日本の話などをしてゐるうちに正午になった。 約束によって都ホテルに平田博士を訪問、予ねて博士か…
「雲の柱」昭和7年9月号(第11巻第9号)への寄稿文です。 アメリカ巡礼(1) 羅府・ハリウッド 村島帰之 羅府監獄へ 十月四日 今日は日曜日だ。早天礼拝を済ませて午前九時、南加クリスト教聯盟社會部の斎藤さんの案内で監獄見物に出がける。但し、今日は在…
「雲の柱」昭和7年8月号(第11巻第8号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(4) サンペトロの日本人漁村を訪ふ 村島帰之 (承前) 羅府港埠頭 日本の漁師村にアバユウをつげて、程近い波止揚につく。日本郵船會社のつく處、いはゆるロスアンゼルス港である。羅…
「雲の柱」昭和7年8月号(第11巻第8号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(3) サンペトロの日本人漁村を訪ふ 村島帰之 (承前) 漁師の第二世 日本の漁師には青年は居ない。その筈である一九二四年以後は日本人がやって来ないからだ。叉寫真結婚の禁止で一九…
「雲の柱」昭和7年8月号(第11巻第8号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(2) サンペトロの日本人漁村を訪ふ 村島帰之 (承前) サンピトロ サンピトロの海岸に近づくと、石油タンクが見え出した。西田さんはこれが重油のタンクで、日本海軍の特務艦がわざわ…
「雲の柱」昭和7年8月号(第11巻第8号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) サンペトロの日本人漁村を訪ふ 村島帰之 九月二十六日 賀川先生が出立されて了ふと一時に疲れが出てかがっかりして了ふ。殆どなす事なくじて過す。 先生シカゴ安着の報来る。 二…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(6) 羅府を中心にして 村島帰之 (承前) カガワストリート 今度は海岸沿ひのハイウエーを走る。サンマ―ランド付近では石油のやぐらが海中に沢山に立ってゐた。海の中から石油…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(5) 羅府を中心にして 村島帰之 (承前) オールドミッション オールドミッションは、加州が未だスペインの領地であった頃建てられたフランシスカンの教会で、加州には現在三…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(4) 羅府を中心にして 村島帰之 (承前) 加州大學講演 二十三日 先生は前夜ポモナの講演をすませて、ハリウッドに引返し、同夜はハンター氏方に一泊、けさは七時半から加州大…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(3) 羅府を中心にして 村島帰之 (承前) 二十二日 七時起床。聖オーガスチィンの彫刻のある扉を押して食堂に入る。私たちのためにこしらへてあったテーブルは、日々ミラー翁…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(2) 羅府を中心にして 村島帰之 (承前) ミッション・イン リバーサイド教会の高橋牧師や柴田さんの案内で、有名なミッション・インへ行く。(インといふのはホテルとほぼ同…
「雲の柱」昭和7年7月号(第11巻第7号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) 羅府を中心にして 村島帰之 九月二十日(日曜) 眼をさますと汽車の中だ。八時、ロサンゼルス着。小川牧師や、前夜自動車でサンチアゴから夜道を帰羅した高橋さんや、大坪さん…
「雲の柱」昭和7年6月号(第11巻第6号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(3) ロサンゼルス其の他(二) 村島帰之 (前承) 賀川先生病む 七時から説教。その前に先生がトイレットへ行かれると、心配してゐた腎臓から到る小量の出血があったといふの…
「雲の柱」昭和7年6月号(第11巻第6号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(2) ロサンゼルス其の他(二) 村島帰之 (前承) インペリアル・バレー 十八日 眼を覚ましたのは六時、昨夜は暑熱を怖れて、全部の窓を開け放って網戸だけで寝たのだが、暁方…
「雲の柱」昭和7年6月号(第11巻第6号)への寄稿分です。 アメリカ巡礼(1) ロサンゼルス其の他(二) 村島帰之 コーチュラ 正午、セントラルステーションから汽車でコーチュラに向ふ。山崎、堀越両牧師、平田ドクトル等が送られる。小川さんは仕事が山…
「雲の柱」昭和7年5月号(第11巻第5号)への寄稿の続きです。 アメリカ巡礼(4) ロサンゼルスその他 村島帰之 (前承) 義勇伝道会 十六日 六時の早天祈祷会。先生の講演は「基督の十字架」について。 先生は会衆に向かって南加五万の同胞に対し、教役者わ…