賀川豊彦の畏友・村島帰之(151)−村島「なつかし・羅府の日本街」

  「雲の柱」昭和8年4月号(第12巻第4号)への寄稿分です。

       なつかし・羅府の日本街
       羅府地震の報を聞いて、なつかしき同胞の身を
       案じ乍ら、思ひ出を歌ふ
                         村島帰之

アメリカ式の長い上衣に
膝の膨れたヅボンをはいて
短い足を内股に
うつむいて歩くのは誰だ?

「ユウ行くか」
「ミーも行かう」
「サムタイム行ったが」
「エニハウ行くよ」
日本語でもない
英語でもない
言葉を話すのは誰だ?

電飾した十字架の立つ
日本人教会の隣りに
賭博場「東京倶楽部」と同居した
本願寺の出張所が並び
ダロサリーの二階に
天理教の布教所が問借し
ドラッダストアの路次には
正一位稲荷の
赤幟が翻る。
ここは一体どこだ?

ガラスのドアを
押して這入る「御料理」屋
バー式の高い回転椅子で
喰べる蕎麦屋、壽司屋。
鰻丼を註文すると
缶詰の「柳川」を
出すうなぎ屋。
洋装の女が
「お待遠さま」と
持って来る「なべ焼屋」

ここは一体どこだ?
ショーウインドーのガラスに
「日本風呂」と記した理髪店
奥への仕切にドアがなくて
「ふろ」と記した暖簾がゆれる。
「とろろ用山芋あり」
と記したグロサリー。
「十月号キング到着」
と大書した本屋。
角隠しの花嫁がゐる
と思ったら
婚礼用品屋の店飾り
三賓にのった
翁と媼も見える
ここは一体どこなのだ?

店の間には
両陛下の御真影
富士山の絵と
安物の浮世絵。
そして蓄音機が
「昔恋しい銀座の……」と
高らかに歌ふ。
夜ふけには
酌婦の往むアパートに
三味線の音じめも聞ける
ここは一体どこなのだ?

市廳の十階の白亜が
不思議相に
その街を瞰下してゐる
白人の運転する
赤い電車
横目で見て通る。
ここは一体、全体、どこなんだ?

日本か?
いいや
アメリカか?
いいや
では?
日光の明るく美しい
ロサンゼルスの
ダウン・タウンの一角
聳立つ魔天楼はないが
ここぞ
なつかしい
同胞の住む街!

ロサンゼルスの日本街!

    (この号はこれで終わります)