賀川豊彦の畏友・村島帰之(118)−村島「アメリカ巡礼」(3)

   「雲の柱」昭和7年4月号(第11巻第4号)への寄稿の続きです。

         アメリカ巡礼(3)
         太平洋沿岸
                         村島帰之

   (承前)
    サクラメント  
  八日
 朝から荷物を片付ける。桑港は来月もう一度ゆっくり訪れるとして、けふ午後、先生のお伴をして中部加州方面を巡回するためである。

 フェリーステーションで、渡欧の途につかれる秦牧師及び沖野岩三部先生の一行とー緒になる。フェリーの上で寫真などを撮る。白人の衆人監視の裡で十人近くの邦人が撮るのだ。排日の瞥なら一騒動起るところだらう。

 オークランドで賀川先生と一緒になってサクラメントに向ふ。
 沖野先生は車窓から海を指し乍ら、
 「桑港の白人は日本の海苔を喰べない。なぜかといふと、海岸でとれると聞くからだ。といふのは、この辺の海岸へは、便所の水が流されるのだから、糞尿の中で出来たものは喰べられる筈はないのだ。海苔が喰べられぬ許りか、海水浴すら出来ないんだから可哀相だ」
といふ。

 さういへば、水道の水もこの海の沖から取るのだが、そのために水道の水には消毒の薬が這入ってゐて、いやな昧がある。大都市に住む者は災ひだ。

 午後二時、サクラメントに着。私たちは大石繁治牧師の自動車でメイン・ホテルヘ行く。大石さんは関西學院の出身。人なつかしい人だ。

    カリフォルニア州
 サクラメントは加州の首都だ。ワシントンの政廳に似た白いドームのある州廳が見える。このサクラメント・バーレーには約四千人の日本人が住んでゐるといふ事だ。

 講演の始まる前の数時間を利用して州主催の競進會を見に行く。多くの発明品や果物、家畜が先生の足を止めさせる。殊に台所の労働を極端に機械化してゐるのには一驚を喫する。

 アメリカ人は、働かぬでもいいやうにいいようにと機械を発明して、台所など、すっかり工場になって了ってる。
 尤も、労銀の高いアメリカでは此の趨勢は当然だともいへやう。

 小鳥の卵に色素を注射して、思ひ通りの色に小鳥の羽を彩ってあるのが面白かった。人間も注射して、黒ン坊の子を白人に作り替へる事が出来たら?と思ふ。

 帰途は州廳へ立寄って、数十年前に使用したオフィサーのピストルや兇器などを興深く見る。

 この州廳で排日案も作られた訳だが、今日ではハイラム・ジョンソンのやうな排日家は存在しない。現知事も実業家出身の親日家だ。時間外なので知事もゐない。

    ウエストミンスター教會

 五時半からウエストミンスター教会(長老教会)の晩餐会へ行く。スパニッシュスタイルの中庭のある白い建物だ。廊下の柱が、いづれもゴチック特有の四本の小柱から成って、その一つ一つのデザインが違ってゐる。低い手すりのある二階からは、赤い前かけをかけた酉班牙嬢が顔を現はしさうな感じがある。

 この教會の牧師シャーマン・ダブリュー・デバイン博士は大の親日家で、その教會を日本人に開放し、またそのオーデトリアムで日本人の結婚式を行はせたりしたこともある。此度も日本人教會で賀川氏の歓迎會をする筈だったのを、同博士が進んでその食堂を提供してくれられたのだといふ。

 「日本の牧師はいつもニコニコしてゐる。私は日本人が好きだ」
と博士は語った。私は隣席の美以教會牧師町田保氏から博士に関する話を聞き乍ら食事をすませた。

 七時、その教會で白人のための説教。

    決心者百六十名
 次いで八時から日本美以、浸礼、長老、救世軍の四教会主催の講演会をアメリカン・センターで開く。籚森牧師が木村清松氏式の元気で司會される。聴衆は會堂に溢れ出して、私たちは已むなく教壇の下であぐらを組む有様だ。

 先生の話はとても愉快な調子で進む。果然、決心者は百六十名といふ多数であった。これにはこの地の教會が三週間前から祈祷会を開いて準備てゐた事が大に関係してゐることを疑はぬ。祈りと準備のあるところに、必ず善い実を結ぶのだ。

 先生も愉快だと見えて、直ぐホテルヘ引揚ることを肯んじない。「どっかでソフトドリンクでも」と、喫茶店を物色するが、十一時過ざては一寸見当らない。

 折柄、大山勝次氏夫婦が教会からの帰途を行合はせて、一緒に日本人経営の喫茶店へ行く。大山さんは化粧品製造業者で、夫人は美粧術師だが、もう子供がみんな成人したので、これからは神の御用のために働きたいといって、いろいろと計画を話される。

 先生は「化粧の心理」の著者だけに、化粧品の事を根掘り葉掘り訊くので、いつか十二時を過ぎて了った。眠い。

 ホテルへ帰る途中、暗い町を通って行くと、家の中から「カムオン・パヽ」といふ女の声が聞える。賣笑婦の呼込みだ。それにしてもパヽは可哀相だとわれ乍ら思ふ。

       (つづく)