賀川豊彦の畏友・村島帰之(112)−村島「アメリカ巡礼」(5)

   「雲の柱」昭和7年3月号(第11巻第3号)への寄稿の続きです。


          アメリカ巡礼(5)
                           村島帰之

    (承前)
    動 物 園 へ
   二十五日
 たまってゐた日記を整理して、書留で内地へ送る。
 昼飯はホットケーキとミルクで済ます。ニューヨークへ来て以後、最も安価な昼飯であった。

 午後からエル高架電車に乗って、二百二十丁目の終点まで行き、動物園に這入る。日本では園とはいってるが、ここは動物公園(ヅーロジカル・パーク)といってゐるだけあって、とても廣い。廣褒二六五エーカー、周囲十二哩といふことだ。

 今日は入場料をとらぬ日なので、小供たちが無数に来てゐる。乳母車にのったのも沢山あった。日光の当らねアバートにゐる母親は、かうして愛児を日光にあたらせに来るのだ。

 鹿と蛇と猿のコレクションが素晴しい。蛇の中でもコブラや二十八呎の大蛇は目を引いたし、猿の中に白髪の老猿(?)の交ってゐるのは面白く見た。

 多くの動物は、廣々としたところで、悠々と遊んでゐる。日本のやうな狭い柵の中に監禁されてゐるのとは訳が違ふ。日本の動物園の動物は、アメリカの仲間を羨しがってゐる事だらう。それとも、小さい国に来れば、小さな檻も当然だとして諦めてゐるのかも知れない。

 帰って入浴して、晩餐は武藤さんからよばれる。柴崎さんといふダンスの先生夫妻も一緒に。

    児童虐待防止會へ
  二十六日
 十一時、松本さんから紹介して頂いた日本人會の香西さんに會ふため出かける。
 途中から雨。私は善く雨に會ふ。今井さんから「雨男」の称号を貰ふ。

 慶大の學生松村幸男氏と同行、香西さんに引率されて、何とかビルの五十階上にある國際廣告社(アドルフ・モッセ)を訪れる。ここは世界各國の新聞社その他に廣告を取次ぐところで、独逸人の経営であるが、特に米人の好感を買ふために米國の名誉大佐ケルレ氏(日本の募債などに功労があって、勲三等を貰ってゐる)が顧問となってゐる。私たちは氏とも握手をした。恰度、日本の蟹の罐詰の廣告を世界各國に向ってする際で、タイピストたちがそのレッテルにメッセージをつけて各地へ発送してゐた。

 私と今井さんは、それから香西さんの紹介状を持って児童虐待防止曾へ出かける。家庭にゐては虐待される児童たちが、此處へ連れて来られると、一週間もすれば、すっかり元気な児になって愉快な共同生活をするといふ事だ。唯最初の数日、慣れないために逃亡する児があってはならぬので、窓には金網がはられてゐた。各種の宗教の礼拝もするといふ事であった(猶太は金曜)百八十二名の収容児の中、見るところ黒いこどもが多かった。

 私がカメラを向けると「私も私も」といって撮って貰ひたがる。普通の小學校と選ぶところがない。ここの會長は虐待する親に對して刑の請求も出来るので、慈母と巌父の両面を持つ人でなければならぬのだ。私たちはその會長に會った。

 夜は今井さんが留守なので、一人でカフェーテリアヘ行って、その帰途、黒人たちのショーを見に行く。黒人を見慣れぬ私たちには、それは怪奇に見られた。入場料は白人のそれの半分一二十五仙であった。観客は大部分が黒人で、ホンの少数の白人が混ってゐた(或はそれも混血児なのかも知れない)。

    大原兄の招宴

  二十七日
 午後から百五丁目の Chality organization society と social agency を訪問したが、オフィスがあるだけで、レポートを貰って帰る。ついでに社会事業方面の本をと思って、ラッセル・セージ・フアンデーションを訪れたが、私の欲しいと思ふやうな書物はなかつた。

 帰りにワナメーカーの裏の古本屋街を素見して、犯罪に関する書物などを二三冊買ったが、その中の一冊は著者が友人に献本したものでその自署がついてゐた。

 宿へ帰ると、バンクーバーの有賀千代吉氏の手紙が、私の行くあとからあとから追っかけて、一月目に漸く私の許へ届いた。トロントのYMCA大會の模様を氏の大陸日報へ通信してくれとの依頌状なのだが。

 夜は大原兄の招待。自動車で迎ひに来てくれられる。客は今井さんと私の外に、助手の高田さん、大毎の森岡兄の四人。

 大原兄のアパートはアップタウンのハドソン河に近い静かな處だ。小じにんまりとした住ひだ。奥さんの若い頃の帯在地で、小さいテーブル掛を作ったりなどしてあるのがうれしい。

 夫人手製の刺身や豆腐やいろいろと沢山御馳走になる。デザートには絶えて久しき榮太桜のヨウカンが出た。

 食後、みんなで盛に喋舌る。今井さんの「ロシアの協同組合」の話は一同傾聴した。十二時また大原兄のドライブで宿まで送って貰ふ。夫人も同乗して送ってくれられる。

     (つづく)