賀川豊彦の畏友・村島帰之(101)−村島「アメリカ紀行」(6)

 「雲の柱」昭和7年1月号(第11巻第1号)への寄稿の続きです。


          アメリカ紀行(6)     
                           村島帰之

  (承前)
   ウイノア湖
  十五日
 朝七時、ウイノアレーキに着。出迎の自動車の前面のガラスに、KAGAWAと大書してある。それは明晩の先生の講演の宣傅廣告だった。如何に先生に期待してゐるかゞ判る。
 湖畔のウイノアホテルに這入る。

 先生は Dr.Blederwolfのところへ食事によばれて行かれる。われ等はホテルのカフェーテリアヘ。勘定場で金を払はうとするとカガワのパーテイなら要らぬといふ。見すぼらしい東洋人を憐んだ訳ではない。賀川講師を優遇するためだ。

 実際、私たちは周園の有閑階級の人々に比べて見すぼらしい服装をしてゐる。私なんぞは一昨年製の合服が日本出発以来これ一着を着通しで、ズボンの筋目なんかは拡大鏡でも判らないほど埃にまみれ、袖の處は切れ、襟は垢でよごれてゐる。これ、一つのルンペンの姿だ。ニューヨークまではこれで通すのだ。

 先生は賀川服と、それから六年前の渡米の際、佐藤さんから贈られた合着を着て居られるが、これまた小生と似たりよったりで、カラーなんかも黒くなってゐるといふ有様だ。

 面白いことには、先生が余りに賀川服がよごれたので、クリーブランドで洗濯に出されたら一弗五十仙の賀川服が、洗濯賃を一弗七〇仙もとられた事だ。「これぢや洗濯賃の方が高いや」と大笑ひ。

 食後外へ出て見る。小さな湖水だ。湖畔は一帯の森でローンを縫ふて美しい道がついてゐる。湖には飛込台の設けなどがあって水泳場となってゐる。ガソリンボートが走ってゐる。附近には小じんまりした別荘が木立の間に点綴してゐる。まあ日本でいって見れぼ御殿場といふところだ。

 手紙を出さうとしてホテルの案内所で切手を貼ってゐると「今日は」と女の声がする。見るとアメリカのレディーだ。
 よく話して見ると、ウィルミナの先生だ。名はキナー?とかいった。今晩、ヤングマン、ヤングウーマンのために先生に講演して貰へまいかといふのだ。

 午後二時、先生の講演が始まった。上等のバラックといったやうなホール。聴衆は一杯だ。七八百はゐるだらうが、それが殆ど全部が白髪の老人だ。アメリカの宗教も固形化して老人の慰安になったのか。それとも、かうした別荘地へ避暑に来られぬので、働きを終わって余剰價値で生活してゐる老人のみが来てゐるのかも知れない。

 尤も若いレディーもゐる。それは若い男よりも遥かに多い。アメリカは男がオフィスの中で働いて、その稼ぎためた金で女房や娘を外へ遊びに出してゐるのじゃないかと思った。これはシカゴなどの街の通行者の大部分が女であった事でも思ひ合される事実だ。

 先生は日本の神の國運動について述べられた。日本の基督者の真剣な事を説いて、
 「日本の基督者は酒を呑まぬのみか煙草だって吸はない」と喝破された時は満堂の喝釆だ。アメリカでは牧師も信者の女も煙草を吸ふからだ。

 私たちは演壇の背後の椅子に腰を下してゐたが、先生の講演が終わると司會者Blederwolf博士は會衆に私と小川先生の事を紹介してくれた。私たちは椅子から立上って会釈をした。満堂の拍手に迎へられ乍ら。例によって先生は握手攻めだ。私までがその握手のお余りを頂戴する。

 五時からは青年男女のグループの集りへ出かける。一哩ほど離れた湖畔だ。二百人位のハイスクール程度のボーイスとガールスとが食卓にローソクをともして並んでゐる。ガールとボーイが一人置きに並んでお互に話しあってゐる光景は日本では見られない。ボーイもガールフレンドをいたはってゐる。

 私の隣りに座ったミス・タフトは元の大統領タフトの姪ださうだ。私は中學時代にタフトを日本で迎へた記憶を話す。食後余興が始ったが、これまた男女二人が組になってやる場合が多い。

 最後に賀川先生が立って、先生の自叙傅を話された。猫の婆さんの話はみなの興をひいたらしく、隠亡に関する話はみな顔をしかめてゐた。先生はアメリカの堕落を罵って青年の奮起を促したが、非常な感激を与へたらしかった。

 私を掴へて日本の話をしかけた一少女があった。話のはづみで私がOKといふと、彼女は大悦びで「この紳士はOKといった」といって、仲間に触れ歩いた。

 帰途は湖畔の並木沿ひに先生と只二人で歩いて帰る。途中で行きあふ人が先生と知って、呼止めて話しかける。先生も愛相よくこれを迎へて五分も十分も立話をする。それが一人二人ではなく、一哩の道を帰るのに六七人に掴って、一時間余りを費す。此方は手持無沙汰に傍らで立ん坊だ。

 森の廣場には、ペビーゴルフ場などが出来てゐて、電光の下で多くの男女が楽しんでゐる。暗い湖水の中でも男女の声が聞える。生命を楽しんでゐるのだ。

      (つづく)