賀川豊彦の畏友・村島帰之(87)−村島「アメリカ紀行」(7)

「雲の柱」昭和6年12月号(第10巻第12号)への寄稿の続きです。


        アメリカ紀行(7)
        カナダからアメリカに入る        トロント――ニューヨーク――クリブランド

                            村島帰之

  (前承) 
   
   共産党の示威運勧

 此度は地上電車(サーフェース)でユニオン・スケエアーヘ出る。
 電車に乗ると車掌が、箱を持って来る。そこへ五銭を入れゝば、音がする。それで乗車賃を支彿った訳だ。
 凡てが機械仕掛だ。ごまなしの出来ぬ仕掛だ。

 ユニオン・スケアーにつく。
 中央に芝生の高台のある廣場だ。
 その一隅に赤旗を立てて演説をしてゐる一群がある。いふまでもなくコンミニストの一
團だ。

 「ストライキを支持せよ。」「ボスどもを蠅の如く追彿へ。」「資本主義と戦へ、」「失業者を救へ」などのスローガンを書いた立札のポスターが各人の手に支へられてゐる。中には漫画のものもあった。

 中央では大きなメガホンによって、演説が四方に伝えられてゐる。拍手が湧く。日本のと同じ雰園気だ。警官はと見ると、ニコニコし乍ら、通行者を整理してゐる。立止る者があると「歩け歩け」といふ丈けだ。

 スクェアーを外れると、そこには騎馬巡査の姿も見たが、それも人形のやうな存在にしか過ぎなかった。
 聞けばニューヨーク附迂に大きな鉱山ストライキがある場合とて、激化を怖れてわざと警戒をゆるめてゐるのださうな。
 日本でデモを激化させるのは、官憲の警戒だと思った。
 誰がデモを激化させるか?
 アメリカは善い回答を与ヘてくれる。

 またタクシーで四十二丁のニュースビルヘ行って、大毎のオフィスに落付く。
 ニュースビルはニューヨークヘラルド紙を中心に、UP(聯合通信)やその他世界各国の関係新聞関係のオフィスのあるところだ。一階の読者相談部は、取扱件数一日二千件を越えるといふ。尤も、お化粧の事などが多いのださうだが。

 大毎はその十六階にオフィスを持ってゐて、大原武夫の外に、助手の高田さんがゐる。
 久し振りで大阪毎日を見る。しかし私の出発した七月十日以後のものは余り来てゐない。自分の打った電報がどの程度の大きさで紙面にのってゐるのか、半月以上も判らないなんて、特派員はたよりない気がするだらうと思った。

 「村島さん、自分の處へ帰って来たやうな心持でせう」
と小川氏がいふ。
 その言葉のやうに落ち着いたといふのか。ソファーに凭れてついウトウトとする。

 大きい声に驚かされて目を覚ますと、木村毅氏が、時事の長谷川進一氏を同伴で来訪したのだ。
 メキシコヘ行って熱帯病に罹った話。ロシアヘ入國の出来ない話などをする。

 大原兄の「オフィスを出て、タクシーで紐育教会に立寄り、荷物を持って、今井さんのアパートに向ふ。先生はインターナショナルハウスに寄られる。

    アパート生活
 私の宿はニューヨークヘ着くまで全く予定されてゐなかった。最初に荷物を下したニューヨーク教会で泊めて貰へるのかと思ったが、「あなたの宿は大原君が世話するんでせう」といはれた牧師の最初の言葉と、そしてあとで、たとへ冗談ではあったが「ここは村島君には上等すぎる――とSさんがいってゐるよ」と賀川先生がいはれたのに気を悪くして、私は他の宿をとる決心をした。

 木村毅氏は自分の泊ってゐる國米ホテルへ来ないかといってくれたが、氏は一両日中に出立して了ふので、今井さんが自分のアパートの一室があいてゐるからと勧められるまま、
その方へ行くことにした。

 旅に出ると、神経が妙にとがって、気にしなくてもいいやうな事を気にするものだ。
 私は自分の神経質と短気とを自ら恥る。今夜はクエーカーの信者某氏が賀川先生を招待してゐるが、個人的招待なので私は遠慮する。アパートへゆく途中で、此の森岡君(法政大學野球チームに隨件して来た人)に會ひ、一緒に今井さんのところへ行く。
 百十六丁目、モーニングサイドアペニュー六五、武藤さん方だ。

 今井さんは待ってゐてくれられたと見えて、大悦びで迎へて下さる。私のために借りておいて下さったのは、客間附の二部屋だ。前は公園の一部になってゐて、全面の緑。そしてその上の方に、丘上に聳立ったコロンビア大學の一部の建物が見える。
 ソファーも二つある。蓄音器まである。

 大原、森岡両氏が去ってから、今井さんの隣室に泊って居られる大村さんといふ慈恵会出身の婦人の御馳走を頂く事となる。
 打寛いだ心持で、今井、木村両婦人と日本の話をしながら、日本食を頂く。アパートに東向の光線の少ししか這入らぬ部屋が一日一弗。私の部屋は日当たりのいい二間なので一弗五十仙。安い宿賃だ。クリーブランドのホテルなどに、一弗もとられたのだから。

 入浴後、臥床、少しの間表の自動車の音が気になったが、間もかく眠りに落ちた。

       (つづく)