賀川豊彦の畏友・村島帰之(86)−村島「アメリカ紀行」(6)

「雲の柱」昭和6年12月号(第10巻第12号)に寄稿のつづきです。


        アメリカ紀行(6)
        カナダからアメリカに入る        トロント――ニューヨーク――クリブランド

                            村島帰之

  (前承) 
   世界」の高層建築

 入場料を払ってエレベーターを上る。エレベーターを乗替る事三度。百二階に達する。高度千二百五十フィート。世界一の高さだ。

 ワンダフル、無数に聳立った地上の建物は、巨人の前に手を伸ばしてゐる幼見のやうにしか見えない。
 「人間の墓場だねJ
と賀川先生にいはれる。
 全くだ。
 あの小さな建物の、その一つ一つの窓の中には、人間といふ蟲が巣喰ふてゐるのだ。
 偉大なる人間蟲の巣の集團だ。

 それにしても、人間蟲の果の多種多様なることよ。或ものは、のっぺらぼうに四角形を幾何学的に唯無数に積重ねただけで居り、或ものは外側を梯形に積重ねてゐる。また或ものは頂上を槍のやうに尖がらせ、或ものはドームを形どってゐる。

 クライスラーの如きはモリ錐のやうな螺線を描いて空を突っさすやうに立ってゐる。中には全身を黒で染めて、尖端だけを金で彩った佛檀のやうなのさへある。それがいづれも五十階内外の高さだ。そのビルディングの間を縫ふて走る電車は、蝿ほどにしか見えない。

 その蝿を追ひ越して次から次へと走る自動車は足の早い蟻だ。
 人間は余りにも小さくて、肉限では見えない。人間は顕微鏡をかけねば存在の判らない微生物だ。

 欄によって四辺を見廻すと、西はハドソンリバー、東はイーストリバーによって、三角州の如く横たはったニューヨーク市街は、その人間の巣でギッシリと詰って、殆ど足を容るゝ余地がないほどだ。北方にわづかに残された線地は中央公園だといふ。

 実際、緑がない。見渡すところ、砂漠の一隅に積上げられた蟻の巣の集團だ。これが大都市といふものなのだらうか。無数のその巣が、形状よりも、色彩よりもまづその高度を競争してゐるのだ。

 人の目に立つためには、何よりもまづ、高いことが必要なのだ。それば必ずしも光線を余計に採る必要から来たものでもない。

 高飛び競争だ。
 より高く飛上らうとして競ってゐるのだ。
 人見絹枝さんの心理だ。

 それにしてもニューヨークのオリンピックレコードの、目まぐるしいまでに破られ、破られして行くことよ。

 エンパイアーから東北方、わづか離れた處に錫色の尖塔を頂いたクライスラー・ビルが陽に光って立ってゐる。地上千四十六フィート、今春まではエッフェル塔を凌ぐ事六十フィート、世界一を誇ってゐた彼も、今は、エンパイヤ―の足下にひれ伏した形だ。
 況んやウールオースビルの如きは半分のせいしかない。

 ぢっと耳を澄すと大きなダイナモの唸ってゐるやうな響きがする。それが全市響なのだ。エルの音、カーの音、それ等が一となって遥か下から聞えて来るのだ。

 蟻のやうな一つ一つの電車に、一つ一つの音は聞かれずに、全市の音が混濁して一つの音響として聞えるのだ。

 都會の音!
 機械文明の響!
 生存競争の喚き、生活難の叫び、
 それがこのゴーッといふ佗しく、やるせない寂しい一つの音として聞えるのだ。

 世界の人間がニューヨーク、ニューヨークといって憧れるが、結局、ニューヨークの文化は、このゴーッといふ一つの音響にしか過ぎないのだ。

 或る盲人が、ニューヨークの印象は? と訊かれて「機械の磨れ音、ガソリンの匂い」と答へたさうだが、確かにさうだと思ふ。

 ガソリンの匂ひは、われ等エトランゼの胸を悪くする。アスファルトの路何十尺四方かは空気よりもガソリンの烟の量の方が多いに違ひない。その汚濁された空気を吸ふて生きてゐる人を、大都曾の住民といひ、文明人といふ。

 機械の磨れ合ふ音を、文明の音といふ。小鳥の囀りや、流れのせせらぎは非文明の音だ。
この汚濁された空気を吸ひ、機械の摩擦音を聞かねば文明人とはいはれないのだとすれば、私は文明人であるよりも、田舎者であることを選ぶ。

 何だか文明とか文化とかいふものが、つまらなく感じて来た。
 ニューヨークがだんだん小さく、くだらないものになって来た。
 高い建物が何の権威に値するんだ。高いのが尊いのなら、山に如くものはなからう。
 建物の美か、それだって、今のところ、金さへあれば、誰にだって出来る事だ。
 それに引き代えてハドソンの流れの悠長さはどうだ。
遥か南方のアッパーベーの海の悠久さはどうだ。

 「自由の女神の塔はあそこだ」と指さされた處には、ボツンと点として見えるだけだった。
 ニューヨークの建物は崩れる時があっても、女神の象徴する自由の精神は永久に残るだらう。
 建物に永遠の生命はないが、精神には、海には永遠の生命がある。

 下りる事にして、改めて、もう一度、私たちは、そこをぐるぐると一周してニューヨークを見直した。

 美しい橋が見える。ハドソンの上流には、今現に工事中の大きな橋が見える。今は一つも橋がなくて、カーも人も地下か、若くは船によってゐるのだ。これはアメリカ人の好きな世界一の長い橋だといふ。

 八十六階まで下りると、また展望台になってゐる。そこは頂上と違って、ガラス張ではなくオープンだ。 
 「日本人なら、ここから飛降りて、飛降り自殺のレコードを作るだらう」
と私がいふと、
 「なぜ、アメリカ人はこのレコードを作らうとせぬのか不思議だ」
と小川先生が呼応する。

 仰いで見ると、八十六階から上はアルミニュームとガラスのモンタージュだ。
 尖端にツェツべリン飛行船を繋ぐ装置になってゐるのか。
 この建築に当っては、松井とかいふ日本人の技師が最重要な役割についたといふ。ビルヂングには多くのオフィスがあるが、日本では三井が七階全部を借切ってゐる。

 再びエレベーターで地上に降りた時、大原兄は「何だか耳が変だよ」といふ。気圧の変化に因るのだらうが、私は鼓膜の破れてゐるせいかさうは感じなかった。

      (つづく)