「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界」(6)



「KAGAWA GALAXY吉田源治郎・幸の世界」(6)

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 第1回 「又逢ふ日迄」(故吉田なつゑの思い出)1917年8月(6)


           又 逢 ふ 日 迄
 
         ――故吉田なつゑの思ひ出――


      (前回の続き)


 葬儀式上、畏友荒木氏の朗読せられし彼女の履歴の一節に云ふ。


 「病中に在りても唯一度の場合を除きては、自己の苦痛を傍人に告げたる事なく、床上に於て常に笑顔を以て人に接し、重患の人とは到底思惟せられずとは訪問者の屡々語られし處なりき。


 彼女の信仰生活はいつとはなく師範在學中より徐々に進みし如し。師範在學中の日記の所々に、夜静かに神に祈りぬ等の文句の発見せるを発見せる事ありき。母は屡々信仰をすゝめしも、自分が得心せねばと云ひて容易には信仰に入らざりし模様なりしが、然し平静なれど単純なれど、確かに強き信仰を抱ける者の如かりき。


 臥床以来は信仰の方面に一生面を劃せるものの如く、何よも祈祷を喜び、美しき福音の話に傾聴し、聖句の朗読に心より耳を傾け、共意味を幾度も幾度も繰返して腑に落つるに至って止むるを常とせり。


 我たましひの慕ひまつるエス君の美しさよの讃美歌は、彼女の特愛のものにして病床しばしばかすかに之を口ずさみぬ。最期の床に看護の労を執りし看護婦の語る所によれば、度々聖書を指して之をお信じなさいとすヽめしとぞ。


 実に彼女の生涯を通じて天父の我等に教へ給ふ處は深く長しと云はざるべからず。彼女の肉体は、此處に亡びぬ、されど彼女は今猶信仰によりて物言へり。主は讃美すべき哉」


 7月31日午後5時過、彼女はいつものに如く夕食をすませた。其日は朝より少し顔色が快くなかった。多分体温の低くなった為だらうと、格別気にもしなかった。然し何となく元気がなく一日、せきと戦っていた。遂に時が来た。午後6時30分、病床の傍にあったのは母ただ一人。彼女の生涯の夕影が彼女を蔽ふた。瞬間の中に彼女は死線を越えて彼方の世界に移った。


 其の夜病院裏の一室には電燈が明々と点けられた。通夜する七人の心は暗かった、淋しかった。庭の大木の蔭から仰いだ深夜の星は青かった。


    (つづく)