岩田健三郎さんの絵本『いのちが震えた』紹介(1)テキスト化:「神戸新聞」1995年


岩田健三郎さんの絵本『いのちが震えた』紹介(1)


      『神戸新聞』1995年4月日付不詳




          心に焼き付く 震災を絵本に


           姫路の版画家岩田さん

           TV伝えぬ現場の臭気
           気持ちも押しうぶれた
           言葉にかえそっと似顔


           被災10日目の神戸歩き


 「地震から十日目。かつて歩いたことがある神戸の街を歩きました」。姫路市在住の版画家・岩田健三郎さん(四七)が、阪神大震災直後の一月二十七日、初めて被災地を歩いた時の鮮烈な印象を絵本として出版した。タイトルは「いのちが震えた」。「テレビには死体は出てこうへん。それに、この現場のにおいも伝わらへん」。目のあたりにする一つ一つに激しく気持ちを揺さぶられたさまが、素朴なスケッチと文章からひしひしと伝わってくる。


 電車はJR須磨駅までしか通っていなかった。「ここへ来て、事態がはっきり見えてきました。家が、ぺちゃんこにつぷれている。町がぐちゃぐちゃになってしもうてる・・・。あ然として、ソロソロと歩いて行く人たちの後にくっついて歩き出しました。歩いていても、ぼう然として、地に足がついてへん感じで歩いたのです」。かつて何度も通った道に、家が、店が、つぶれていた。「気持ちまで押しつぷされた心地がする」。


 傾いた民家、安否を知らせる張り紙、不通になっている電車の線路を歩く人、わき水をくむ多くの人たち。岩田さんは、この日見た情景を、何枚ものスケッチに表現した。


 こんな出会いもあった。がれきのそばに立ち尽くす男性。声をかけるとへたりこんで、被災した時のことを話し出した。「つぶれた家の下に、嫁はんと安芸の宮島に旅行した時の写真があって・・・」。男性はがれきを前に、結婚四十年にして初めて夫婦で旅行した時に思いをめぐらせていた。


 岩田さんは、山陽電車月見山駅まで歩いて引き返すことにした。「ほんのふた駅を歩いただけで、わけものう疲れてしもうた」から。帰り道、須磨の砂浜に腰を下ろした。スケッチを始めると、子どもたちが集まってきた。すぐ近くの避難所にいる子どもたちだった。ねだられて、子どもらの顔を描いた。


 「何か…何か、この子らに言いたいのだった。がんぱれ―というようなことなのやけれど、何か違うような・・。がんばれと言ってしまっては何か、他人言(ひとごと)のような・・」。追い詰められた気分になって、岩田さんが口にしたのは「あなたが夜明けをつげ
る子どもたち」という歌だった。


 スケッチと文を、岩田さんは神戸市長田区で被災した友人の牧師・鳥飼慶陽さん(五五)夫妻を見舞った時に手渡した。鳥飼さんは「生き延びさせていただいた感謝のしるしに」と、絵本にして出版することを岩田さんに申し出、岩田さんは快諾。一月二十八〜二十一日までの記録や版画を加えて仕上げた。

 絵本はA4変形判で四〇頁。三千部を発行。一冊千五百円。問い合わせは発売元の兵庫部落問題研究所所 電話O78・351・5265