『「対話の時代」のはじまりー宗教・人権・部落問題』批評(2)加藤西郷『部落」1997年5月号


『「対話の時代」のはじまり―宗教・人権・部落問題』批評(2)


   雑誌『部落』1997年5月号「本棚」





     
              加藤 西郷


 「宗教・人権・部落問題」を主題とする本書は次の四章で構成されている。


 一、万人の事としての宗教
 二、宗教は面白い
 三、「人間の権利」つて何だろう
 四、「対話の時代」のはしまり
 

 この各章についてくわしく紹介する余裕はないが、全体を貫く、キー・ワードは「宗教の基礎=人間の土台=支え」と著者が言うところにあると思われる。

 
 このことについて著者は「私かどのような生き方をしていても、いつも消えることのない問いかけは人間に等しくかけられていて、いまのわたしがそのつどその答えになっているといえないでしょうか」と、すべての人の生の「支え」である「基礎」について述べている。


 具体的には、部落問題にかかわる宗教界の現在について、そこには「反省と懺悔と、そして運動への対応だけは上手になったが……まだ、十分に、自由に開かれた対話の精神が息づいているとはおもえません」と厳しく批判・吟味しながら、部落問題が最終段階にきているなかで、日本の宗教界にも、いま現実に吹いている爽やかな「自然の風」をほんのちょっとでも届けることに役立つならばという願いからこの書を執筆したと述べている。


 さらに、いまわたしたちが問題としている「人権」に含まれている根本的な問題性の所在についてのマルクスの指摘に触れながら「人権」を「人間の尊厳性」と同義としておさえ、その「享有」ということに第一の関心をむけることの大切さを強調し、大事なことは、わたしたちが、それぞれに、その持ち味を存分に発揮するということ、つまり「人権を享有する」ことが促され、期待されているのですと意味深く述べている。


 この書が主題としている諸課題は、どれもこれまで、何かある特別の事であるかのような取り扱いを受けてきたところがあるが、この点について著者のこの書における語り口は実に「しなやか」で「明るい」。まるで、茶の間で世間話しをしているような語り口である。


 この「しなやかさ」と「明るさ」がこの書の特徴であると言えるが、それは一体、どこから来るものなのか、そのことの探求に、留意する時、『対話の時代のはじまり』と著者が言う、その根拠を私たちも共有できると思われる。


                       (元龍谷大学教授)


  〈兵庫部落問題研究所刊、ヒューマンブックレット28、A5・64頁、600円〉