『賀川豊彦と現代』紹介批評テキスト化分(17)萩原俊彦『部落」1988年7月号


賀川豊彦と現代』紹介批評(17)


  雑誌『部落』本棚 1988年7月号





    テキスト化分


          鳥飼 慶陽著 賀川豊彦と現代


               萩原 俊彦


 賀川豊彦生誕百年を記念する本年、全国数ヵ所で彼を顕彰する行事が行われている。その一環として映画「死線を越えて」も完成、東京では、有料試写会が始められた。それに、賀川に学ぼうとする学者・研究者を中心に、「賀川学会」も創立をみ、社会科学的な視点を明確にして、賀川の役割を分析・評価しようとの動きも活発化した。


 周知の如く、社会運動家として、賀川の果たした役割は大きく、狭義の“祈りの人”として、くくれる人物ではない。労・農・水・の社会運動全てに彼はかかわっていたし、貧しい 人々を対象にした消費生活協同組合も、彼の努力で始められたものであった。まさしく彼は「種を播く人」であり、一粒の小麦を大切に養い育てる人物であった。彼が徹底した人権主義者、平等論者、平和主義者であったことは、つねに田畑忍博士が強調していたところである。しかも水平運動にかかわった古老たち、たとえば、故人となって間もない木村京太郎さんも、彼の著『死線を越えて』に感激し、彼を尊敬していた人であった。


 しかし、キリスト教界の一部一の人々や言論出版入は、如何なる背景によったのかは判然とせぬが、賀川豊彦を差別主義者の如く断じ、青年時代の彼の著書『貧民心理の研究』などを全集から削除してしまった。部落史研究の当時の到達度と史(資)料的な制約から、その内容に誤りがあるにせよ、この処置は、異常なる出版規制であったし、日本のキリスト者の思想と実践に信頼を寄せる人々を、かっかりさせた行為であった。


 著者の鳥飼慶陽氏は、詳細なデータをもとにかかる動きを批判的にとらえ、公開による学術論争のありかたを示している。しかも、著者は、賀川豊彦の活動を客観的に追求し、日本近現代史の歩みのなかに、その役割を位置付けている。そのうえ、賀川が水平社の代表に選ばれようとしたことなど、貴重な史実多数を紹介している。それゆえ、部落解放運動史上に果たした彼の評価がさらに高められることになろう。国民融合にもとづく運動を進めるためにも、是非、本書を介して賀川に学んで欲しいものである。最後につぎの一句を記してまとめとしたい。


 「賀川の前に賀川なく、賀川の後に賀川なし」。


                        (同志社香里中高校)


              兵庫部落問題研究所刊・四六判・一八〇〇円