『賀川豊彦と現代』紹介批評テキスト化分(14)黒川みどり「歴史研究」1989年3月


賀川豊彦と現代』紹介批評紙誌(14)


  「歴史研究」(1989年3月)


      テキスト化分


              〈史料・文献紹介〉


             鳥飼慶陽『賀川豊彦と現代』


    神戸部落問題研究所,1988年5月刊,A5判,204頁,1800円


 賀川豊彦生誕百年にあたる1988年は,賀川を描いた映画が作られたり,諸雑誌で賀川特集が組まれるなど,賀川復権の気運が生まれた年であった。本書は,とくに賀川の部落問題への関わりに焦点が当てられており,「賀川豊彦の青壮年期(神戸時代)を中心とした苦闘のドキュメント」と,現代の賀川評価に対する「いくらか新しし視点に立つ対話の試み」からなっている(「あとがき」)。


 著者が部落問題を主題とした理由は,第一に,賀川と部落問題の関わりについては,工藤英一氏による研究(『キリスト教と部落問題』新教出版社,1983年,「賀川豊彦と部落問題」・部落解放研究所編『水平社運動史論丿解放出版社,1986年』があるものの,賀川研究の多くは部落問題を回避していること,第二に,今日のキリスト教界では,1962年におこった「『賀川豊彦』全集問題」をきっかけに部落問題が議論されるようになったが,そこではは「一方的な『差別者・賀川』とする断罪の具に供されてしまっている」(「はしがき」)傾向に著者が危機感をもったことにある。著者は,賀川が部落問題に対して人種起源説でのぞんだことの問題性は認めつつも「他方で,賀川のあの開拓的な実践上の足跡を,可能なかぎり再構成すること」が必要であると主張するのである(「はしがき」)。


 かつて工藤英一氏は,当時の宗教界に瀰漫していた部落問題への無関心と,それゆえに生じがちなひたすら賀川を賛美する傾向を批判して,賀川の限界面を強調したのであったが,本書は,近年「あまりに乱暴な『賀川批判』が自ら所属する教団内に跋扈」している(:「あとがき」)との認識に立って,それへの批判を志しているだけに,おのずと賀川の再評価に力が注がれている。その意味で,工藤氏の研究とは対照的な位置にある。


 本書は以下の構成から成る。I 苦悩と冒険 Ⅱ 新しい生活の中から(1)Ⅲ 新しい生活の中から② IV 胎動期の開拓的試み(1)V 胎動期の開拓的試み(2)VI キリスト教界の「賀川問題」 Ⅶ 賀川豊彦と現代。すなわちI〜Vでは,1909年に賀川が,神戸にある,当時「葺合新川」と呼ばれた地域に移り住んでから,関東大震災を契機に東京松沢村に移住するまでの間の実践活動を中心に描かれている。そして後半のVI・Ⅶは,今日の宗教界の部落問題に対する取り組みのあり方についての問題提起とたっている。

                       
                          (黒川みどり)