『賀川豊彦と現代』紹介批評テキスト化分(10)鈴木良「赤旗(読書欄)」1988年6月14日


賀川豊彦と現代』紹介批評紙誌(10)


赤旗」(1988年6月14日)「読書」欄


      テキスト化分

                 

             鳥飼慶陽著『賀川豊彦と現代』


             事実に立ち歴史的に


                   鈴木 良(立命館大学教授)


 本年は、賀川豊彦が生まれてからちょうど百年になる。そのため映画なども作られ、あらためてその生涯が関心を呼んでいる。


 日本の生協運動の創始者、貧民伝道に挺身した人物、国際的に知られたキリスト者――賀川豊彦はこのように評価されるが、しかしその実像は意外に知られておらず、また賀川の生涯を正確に追求する研究も、いまだそう多くはない。鳥飼氏のこの書物は、一人のキリスト者として、賀川に真しに学ぼうとした賀川との「対話」の書である。鳥飼氏みずからが二十年にわたり、神戸の未解放部落で、伝道に従事し部落問題解決に尽力されてきたことが、すぐれた賀川評価を生み出した。


 本書は賀川が、一九〇九年に「新しい決意」をもって神戸市新川地区に住みつき、貧民伝道を開始して以後、一九二四年に東京市外の松沢村に移るまでの期間を扱っている。この期間に賀川が部落問題に発言したのは、『貧民心理之研究』と『精神運動と社会運動』のなかでであるが、著者は、賀川が部落問題を正確に認識出来ず、「人種起源説」が正しいと考えていた事実を指摘する。しかし著者の立場は、賀川のこの認識が固定的なものではなく、みずからこれを乗り越えようとしていたことを述べて、歴史的に把握することの必要を説く。それと同時に著者は、語られたことのみではなく、その実践「生き方」そのものを検討することの大切さを語っている。


 著者がこの本を書かなければならなかったのは、キリスト教界にも「解同」と結んだ「部落問題フィーバー」が吹きあれ、その焦点に賀川の著作の「差別性」が云々されて、「無用の混乱と不信」が生み出されたからである。著者は、心情的にものごとを捉える「宗教者の落し穴」に入りこまないためには、賀川豊彦の生涯と思想を、事実に立って歴史的に評価することの大切さを強調している。


 静かな語り口で述べた本書は、現代のキリスト者の良心の証しであり、歴史研究に刺激を与える労作である。
      
         
             (兵庫部落問題研究所 四六判 一八〇〇円)