『賀川豊彦と現代』紹介・批評紙誌テキスト化分(1)『雪』1988年7月号


賀川豊彦と現代』紹介・批評紙誌(1)


 テキスト化分


『雪』1988年7月号


            ふるさとの出版物


           有 井   基(神戸新聞編集委員


 さて、今年は賀川豊彦生誕一〇〇年に当たる。明治二十一年七月十日、神戸市兵庫区島上町一〇八番地で生まれた豊彦の近現代史に記した足跡については多くの本が出ている。しかし、今度出た鳥飼慶陽さん=神戸市長田区一番町三丁目一ノ三ノーコー三=の「賀川豊彦と現代」は、豊彦と部落問題をテーマに据え、問題解決への新しい糸口を提示したユニークな視点が光る。


 大正四年に刊行された大著「貧民心理之研究」の中で豊彦は、被差別部落について人種起源説をとった。明らかに独断と差別的偏見である。この部分を「賀川豊彦全集」二十四巻の中でどうするか、は全集出版の時から論議を呼んだ。初版(昭和三十七年)、第二版 (昭和四十八乍)は原文のまま収録されたが第三版(昭和五十六年)は、出版元のキリスト新聞社が関係個所を削除するという自主規制を行った。豊彦の妻ハルが次のように語ったというのに……。


 「学問の世界で論じられることなら、ありのままに出版して、正確に批判を受けるのが当然のこととではありませんか。賀川のこの二十七歳の時の書物は、その後七十二歳の逝去の日までの永い活動そのものを通して、訂正し償ってきたことが明らかになることが大切ではないでしょうか」


 鳥飼さんは、にもかかわらず日本基督教団などキリスト教界の一部で「差別者・賀川」のレッテルを張り、それが部落問題をタブー化しつつあると指摘。二十七歳の時の「考え方(認識)」を固定的に見て、生涯の「生き方(実践)」まで否定しかねない非歴史的な短絡を悲しんでいる。


 だから、豊彦の幅広い社会活動をドキュメントふうにつづった。「冷静に、しかも真実への聞かれた勇気をもって問題解決へねばつ強く立ちむかうことのできる、一つの捨て石になれば」と念じて書かれたこの本を、どのような立場であれ一度は読んで考え合いたいと思う。


 神戸市中央区元町通七ノニノー兵庫県部落問題研究所、千八百円。