「賀川豊彦と現代」(第23回)(絶版テキスト化)



 賀川豊彦と現代(第23回


 絶版・テキスト化


       Ⅵ キリスト教界の「賀川問題」


        一 『賀川豊彦全集』問題


         8 出版元の「回答」


 出版元は右の「確認」にもとづいて一〇月三〇日付文書で、次のような「回答」を示すのです。長文ですが、キリスト教界の実情を知る一例として、またこれが今日もなお未解決のまま継続されている問題の一つとして、あえて紹介しておきます。


     賀川豊彦全集第八巻における部落差別の問題について


 当社は一九八一年一一月一〇日賀川豊彦全集第八巻(貧民心理の研究、精神運動と社会運動所収)の第三版を刊行するに際し、かねて問題となっておりました部分を削除し、その旨巻末解説に明示して刊行いたしましたが、日本キリスト教団部落解放センター委員会との二回にわたる話し合い(一九八二年七月一三日、九月一〇日)を通し、また当社内でのこれまでの協議をへて、本書出版に際し十分な配慮に欠けておりましたことを深く反省し、次のような見解を持つに至りました。


 一、賀川豊彦全集第八巻についての当社の見解 

 賀川豊彦著『貧民心理の研究』は別紙差別表現一覧に見るとおり、今回削除した部分以外にも多くの差別表現があります。当初の著者の執筆意図はどうあれ、本書が差別文書であるとの結論に至りました。
 著者賀川豊彦の執筆意図は、賀川が若いころから抱いていた宇宙悪の問題解決のため、また貧民解放、部落解放をめざしたものであったことは否めませんが、被差別部落についての偏見と独断があり、部落差別の問題についても十分な認識を持たず、結果的に差別文書を残すことになったと理解します。またこのことは著者が当時水平社創立に携った人々と親しい関係にあったにもかかわらず、本書によって著者が批判され、また著者自身もそれらの人々を憎悪の福音と呼び、その後解放運動と日本のキリスト教会が訣別するに至る一原因をなしたと理解します。

 二、今後の具体的な取り組みについて

  賀川豊彦全集第八巻について

 賀川豊彦が日本の社会及び日本のキリスト教界に残した功績は別として、上記の見解に従い、部落差別に関しては本書を貴重な文献とみなし、賀川豊彦における部落差別の問題を明らかにし、批判的に位置づけることが急務と考えます。ついては次のような具体的方策をとります。――賀川豊彦全集全24巻の補遺として、『賀川豊彦と部落問題資料集』を発行し読者に頒布する。この資料集にはこれまでこの問題に関して発表された各方面の諸論文をできるだけ収録すると共に巻末解説の不備な個所は再検討、再執筆し収録する。

  部落解放運動についての当社の取り組みについて

 (イ)当社は報道機関として日本キリスト教団部落解放センター委員会の活動に協力し、キリスト新聞紙上において今後積極的に部落差別問題を取り扱い、幅広く啓蒙運動に資する。
 (ロ)キリスト教年鑑一九八三年版においてこの問題の解説を掲載する。
 (ハ)当社の社員が報道機関に携わる者としての自覚に立ち、差別問題について正しい認識を持つよう協議会や研修会を実施する。


 右の「回答」に含まれる問題点は、本書でこれまで展開してきた論点から自ずと明らかでしょう。ただここでの新たな問題は、「削除」問題をはるかにこえて、「提案」をそのまま受け入れるかたちで『全集』第八巻全体を「差別文書」と認め、その立場から『補遺』を編集・刊行するとした点でした。


            9 解決への方向


 この「回答」の後も継続して「話し合い」が重ねられていますが、『貧民心理之研究』をはじめ『精神運動と社会運動』両著とも「差別文書」と断じた上での『補遺』の編集作業は、「回答」後五年を経た現在も未だ刊行に至らないところからみて、おそらく難航を極めているものとおもわれます。


 それは『賀川豊彦と部落問題』と題する資料集であるかぎり、少なくとも本書で概略ふれた程度のことはふまえた上でなければ、一歩も進まないのかも知れません。それとも、本書で探ねてきたような努力はすべて抜かして、ただ「出版元の責任」や「賀川豊彦の差別体質」といったことのみのせんさくに時を重ね、確かな見通しのないまま『補遺』の編集・刊行が進むのでしょうか。その「話し合い」の内容は正確にはつかめませんが、たとえそうしたかたちで刊行されたとしても、それは資料検討の素材を提供することにはなりえても、その「意図と見解」が前に記したような見方の延長にとどまるとすれば、ただ後世に禍根をのこすだけの結果に終わらざるを得ないでしょう。


 いずれにせよ、この『全集』問題はこれまでのような“『全集』の重版はせず広告も自己規制する”といった「話し合い」の延長では、ほんとうの解決は困難です。この作業は、少なくとも今日までの「賀川研究」と「部落問題研究」双方の成果の上に立って、新しい方針を確立するのでなければなりません。


 この『全集』が世に出てからすでに四半世紀が過ぎています。これの刊行には、出版元としても多大の努力があったにちがいありませんが、その後さらに、賀川に関する新しい重要な文献・資料の収集が進み、その量が膨大なものとなっている現在、改めてより完全な『新版・賀川豊彦全集』が長期的な計画のもとに企画されてよい時期に来ているようにおもわれます。そのためにも、この問題を正しく解決していく積極的な努力が求められています。そしてそれは、単に問題提起する人々と出版元との間のことにとどまらず、研究者等の参加を求めて新しい編集方針を確立して進められることが、強く期待されているのです。


   (次回に続く)