「兵庫県部落問題研究集会「基調報告」)(1978年8月)


宮崎潤二さんの作品「ハバロフスク・自然博物館」



 兵庫県部落問題研究集会基調報告


       1978年8月26日〜27日


           は  じ  め  に


 兵庫県部落問題研究集会はことし三回目をむかえます。ご承知のとおり第一回は、あの「八鹿高校暴力事件」のひきおこされた翌年に神戸で開催された全国部落問題研究集会をうけて、一九七六年の夏ひらかれました。


 当時すでに、部落差別の根絶と真の民主主義の確立をねがう、良識と勇気ある県民の批判は、南但馬を中心にほうはいとして盛りあがり、全国的な規模で部落問題解決の真の道=国民融合への道が大きくきりひらかれていきました。そして、これらのきびしい批判の前に、県行政は「解同」との「窓口一本化」を廃止して(一九七六年四月十二日付知事通達)、一定の軌道修正をはからざるをえない状況をつくりだしていました。また当時、八鹿町と養父町では公正・民主の町政が誕生し(一九七五年二月十五日)、兵庫県部落解放運動連合会は「正常化県連」から発展改組(一九七六年四月十八日)、「国民融合をめざす部落問題兵庫県会議」も結成され(一九七六年一月十一日)、それぞれの分野であたらしい飛躍の気運の高まるなかで、この兵庫県部落問題研究集会は誕生し、回をかさねるごとに内容的にも充実・発展をとげつつ今回をむかえることかできました。


 まずはじめに、本研集会の性格と特徴についてふれておきたいとおもいます。あらためて申しあげるまでもなく、本研究集会は、県下のはばひろい団体―−教職員の組合や労働組合をはじめ研究団体解放運動団体、民主団体など――で実行委員会を組織し、この実行委員会を軸に、さらに県下各地で小さな地域実行委員会がつくられて、じつに広い分野からの参加をえて、文字通り国民融合をめざす研究集会にふさわしいひとつのかたちを定着させてきています。したがって、本集会は、行政関係者、教育関係者、運動関係者、企業関係者、一般市民など、参加者すべてが対等平等でともに主役であり、自主的な参加のもとに自由に学び研究・父流をふかめることができます。


 また、今回の研究集会のもうひとつの特徴は、とくに二日目の分科会のもち方にもあらわれているとおり、各分野において専門的に研究と実践にうちこんでおられる方々を中心に、ともに学び合うことに力点がおかれています。この一年間の部落問題をめぐる理論と実践の成果をまとめ、その到達点と今後にのこされている私たちの課題をあきらかにするための共同研究の場として、参加者全員か出席してよかったとおもえるような集会にすべく企画・準備をすすめてきました。


 第一回は「国民的融合をめざす理論の創造を」、第二回は「国民的融合をめざす理論の発展を」それぞれ統一テーマにして、まさに創造的発展をとげて今回をむかえています。ことしの統一テーマは 「国民融合論をみんなのものに」とし、副題を「差別のない明るい
社会をめざして」と定めました。部落問題の正しい解決の道すじをしめす「国民融合論」が提起されて以後、じつにゆたかな実践と理論的ふかまりをみせてきましたが、この道すじをいっそうたしかなものにし、同時に、これをひらく私たちみんなのものにしてゆく課題が、本集会に課せられているといえます。


 早速以下に、第三回研究集会のいくつかの課題について、最近の私たちの取りくみの状況とかかわらせてあきらかにし基調報告といたします。


    一、国民融合をめざす同和行政を前進させる課題


 まずこの研究集会の第一の課題は、国民融合をめざす同和行政を前進させる課題です。


 1 昨年の集会からことしにかけての私たちの最も大きな課題は、来春三月で期限切れとなる同特法の民主的改正・延長の課題です。この課題とかかわって、兵庫県と県下の各自治体における同和行政の成果と問題点を整理・分析する基礎的なとりくみか大きく前進しました。全解連と・国民融合全国会議では、全国的規模でこれをすすめ、兵解連でも「自治体懇談会」(一九七七年十月七日)の開催をはじめ約七〇にのぼる関係諸団体との「対話集会」を意欲的におこない、国民融合県会議も県下の土要な自治体の協力を得て資料収集につとめました。また、兵庫部落問題研究所でも、同特法検討特別部会を設けて、当初から「窓口一本化」を認めていない神戸市、今なお{窓ロ}本化」に開執している尼崎市、「窓口一本化」を破棄した八鹿町の同和行政を粗上にのせた共同研究がおこなわれました。これらはすでに公表され全国的に注目をあつめていますが、こうした自主的・民主的な同和行政の総括のとりくみは、尼崎や神戸などで顕著にあらわれているように、職場部落研や地域部落研をはじめ運動・教育の分野での共同研究の重要性をあらためて教えているといえます。


 これらの、基礎的な研究課題は、こんごひきつづいて県下各自治体にわたっておしすすめ、「窓口一本化」行政がいまだに是正されない県下の状況を的確につかみ、国民融合の方向を積極的に提起していく緊急の課題か残されているといえます。


 2 同特法の民主的改正・延長を実現させる具体的なとりくみも、県下各地で精力的にすすめられました。とくに神戸では、住民あげての署名活動か展開され、一万五千の署名を市議会に提出し、全会派が紹介議員となって同特法の民主的改正・延長の決議を実現させたのをはじめ(一九七七年十二月二三日)、県議会に対しても七〇団体の賛同をえて議会決議を実現さすことができました(一九七七年十月七日)。そして全国から三三万にのぼる署名をあつめ、数次にわたってねばりづよく政府交渉か重ねられました。基本的には、国民融合論に立った道理ある民主的改正・延長の方向はひろく国民の合意と支持がえられていますが、国会ではいまだ充分な審議もなされず、単に延長の方向だけか確認されたにとどまっています。国の責任の明確化や行政の主体性と公平性の確保などの法改正を含む延長のとりくみは、ひきつづいてこんにち緊急の課題です。


 3 さらにこの一年のとりくみのなかでの大きな成果は、今日の部落の現状を科学的にとらえる調査活動の前進です。私たちのくらしの現状を正しくとらえることなしに、行政も運動も教育も十分な成果をおさめることはできませんが、県下のほとんどの自治体では、この課題に手がつけられていません。このような現状のなかで、国民融合兵庫県会議を中心とした自主的な調査活動は、まさに画期的なとりくみでした。これは仕事、結婚、居住を中心とした部落差別の解消過程=国民融合の過程を知る上での基礎調査ですが、県下二市四町で実施されました。これは全国会議で集約一分析され、『部落差別実態調査報告書』として近く公表される予定です。


 革新自治体である神戸市をはじめ数すくないいくつかの自治体で科学的な調査活動かおこなわれ、同和行政の具体的な施策の策定の上で重要な役割を果してきていますが、こうしたとりくみは、これまでの乱暴で非科学的・固定的な部落認識を見破る上でも、また同
和行政を真に市民的・県民的な課題として位置づけるためにも、さらに重視して推進される必要性があります。


 4 不況・インフレによる失業、倒産、低賃金のもとで苦しむすべての県民の真のねがいにこたえて、国民融合をめざす同和行政を前進させる課題として欠くことのできない条件は、県下の各自治体が住民サイドに立った真の革新自治体として変革されることが必要です。たんにひとり同和行政のみ公正・民主的にすすめられることは不可能です。兵庫県の同和行政は、県民のきびしい批判の前に一定の手直しを示していますが、これの積極面をいっそう前進させて、国民融合の視点にたち、住民の自治と自立意欲を促進させ、すべての県氏の支持と合意のえられる革新県政を実現させることが、私たち共通の課題であることは言うまでもありません。


     ニ、国民融合をめざす同和教育を前進させる課題


 この研究集会のふたつめの課題は、国民融合をめざす同和教育を前進させる課題です。教育の分野は、正しい同和行政を確立させる課題とならんで今後ますます大きく発展させていかなければならない重要な分野です。


 1 本研究集会の当初からの私たちの中心的な課題は、狂い咲きのあだばなのごとく「解同」の間違った運動をバックに一時的に悪名をとどろかせた「解放教育」を徹底批判することにありました。すでにその研究成果は公表され、全国的にも高い評価と注目をあつめていますが、ことしもさらにひきつづいて、同和教育の基本課題を創造的に追求することをとおして、数多くの具体的な勇気ある同和教育実践がおこなわれており、そのなかから報告がおこなわれます。


 2 「解放教育」の間違いは、部落問題のとらえ方の基本においてすでにあやまりがあったわけですが、八鹿高校事件を頂点とした同和教育をめぐる教訓は、なんといっても公教育における同和教育同和教育行政、同和教育運動と白区別と関連の見台わめの大切さにありました。この研究課題についても、すでに理論的にも実践的にも多くの成果が発表され、共通の認識を生んでいますが、公教育における同和教育の課題・内容・方法をめぐっての、竿頭一歩をすすめた討議が、ことしの研究集会でふかめられることでしょう。
 そのことはまた、いまなお多くの問題性を含む「解放学級」「同和加配」などのおり方への適切な指針をえることができるでしょう。


 3 今回はじめて独立した分科会として「就学前教育」を設けました。この分野の研究と実践は、以前からつみかさねられてはいますが、国民融合をめざした就学前教育の自主的・民主的な交流と共同研究の場として、こんごますます活気のある分科会に発展することが期待されます。大阪を中心に、いまなお「解放保育」などとゆがめられた保育活動が横行し、県下の一部にもこれの影響で問題を生じているところもあります。すべてのこどもにゆきとどいた、よりよい保育をもとめる課題を重視して企画・準備をすすめました。


 4 また、もうひとつの新しい分科会として、今日の教育課題をより広い視野からとらえ、教育荒廃と反動化か進行するなかでの学力問題や非行問題など、こどもの生活実態を学び合う場を設けました。


 5 以上の諸課題を、これまでの研究と実践の成果をふまえて、今回とくに第三回部落問題研究集会の記念講演に東上高志氏をむかえ、「国民融合をめざす同和教育――いま何をしなければならないか」という講演をお願いしてあります。同和教育のなかい歴史的な経過をふりかえり、その成果と問題点をあきらかにしながら、これからの同和教育のあり方と具体的な実践課題を、あたらしく提起していただきます。


 「解放教育」の批判活動を数歩つきすすんで、国民融合をめざす新しい同和教育を展開するうえで、この記念講演は、ことしの研究集会のひとつの大きな柱であることはあらためて指摘するまでもありません。


     三、国民融合をめざす部落解放運動を前進させる課題


 第三の課題は、国民融合をめざす部落解放運動を前進させる課題です。部落差別を根絶し国民融合を達成させるためには、行政・教育・運動のこの三つの柱がそれぞれの任務と課題を正しく受けとめ推進される必要かおりますか、なかでもとくに部落解放運動の正しい発展はもっとも重要な条件であるといわねばなりません。


 1 さいわい、兵庫における国民融合をめざす部落解放運動は、全解達を軸にして実にめざましい前進をしめしています。この前進は、多くの県民を敵視し暴力と利権で一時的にその勢力を誇示してきた 「解同」が、たんに一般県民だけでなく大多数の地区住民から見放され、衰退の一途をたどっているのにくらべて、いかにも好対照です。とくに、部落解放運動の基礎的な課題のひとつである組織化において、ことしは県下に一三〇の支部、七千名の会員、一万名の「解放の道」読者をつくることによって、名実ともに部落解放運動の本流をになう体制づくりを達成すべく、県下各地において力づよいとりくみがすすめられています。


 2 この組織的な発展は、量的だけでなく部落解放運動の質的な変化をもたらしつつあります。そのもっとも顕著なあらわれは、ことし三月に刊行された県連パンフの作成と活用にみることができます。これは、国民融合をめざす部落解放運動のこんにちの到達点を、「地名総鑑」問題や、「狭山」問題などの具体的なことからともかかわらせて、自信をもってねりあげられた力作です。このパンフの正式名は「差別のない明るい社会をめざして――県民とともにあゆむ全解連」であり、今回の研究集会の副題にこれを採用しました。すでに一万数千部が読まれ、行政や教育関係者だけでなくひろく市民のあいだにも好評をはくし、全国的な反響をもうんでいます。


 3 こうした部落解放運動の飛躍的な前進は、先の同和行政の公正。民主的な転換をめざすたたかいや正しい同和教育を確立させるたたかいのなかからつくりだされてきたものです。したがって、部落解放運動の立場からの、具体的な提言−同特法の改正・延長の課題、同対事業の国民融合論に立った大たんな見直し、等々―−と取りくみを、さらに強力に前進させていかなければなりません。


 4 兵庫における部落解放運動が、はばひろい支持と理解をえながらここまで発展することができたことの背後には、これまでの先輩たちがきずきあげてきたかくされた歴史があり、部落内外の勇気ある行動のあったことを、正しくみておく必要かあります。これからの部落解放運動は、またあたらしいかたちと質を創造してゆくにちがいありませんが、この時点で、県下の各地区における部落解放運動のあゆみ――先輩たちの歩みと共に私たちが日夜悪戦苦闘しながらつくりあげてきた道すじ――を組織的にまとめあげる課題があります。これについても、ことしの研究集会で大いに討議がふかめられることでしょう。


     お わ り に――国民融合論をみんなのものに


 さいごに、いくつかの重要な点についてふれておかねばなりません。それはまず、行政・教育・運動すべの課題であり、国民融合を達成するための重要な柱である裁判のとりくみかあります。とくに、八鹿・朝来事件の厳正・迅速な裁判を実現させる課題は、本研究集会の当初からのものであり、ことしも特別報告としてその現状と課題についての提起がおこなわれます。周知のとおり、「窓口一本化」問題にかかわる西脇裁判では、当然のことであるとはいえ、完全勝利におわりましたが、「浪速」裁判にみられる不当判決や弁護人ぬき裁判の策動など司法の反動化かすすむなかで八鹿・朝来事件の裁判闘争はますます重要な段階をむかえています。あの事件の真実は必らず裁判の上でもあきらかにされ、「行政」 「運動」「教育」の厳正な責任が追及されなければなりません。


 さらに、「国民融合論をみんなのものに」という東一テーマと私たちの討議の意義について一言しておきます。はじめにもふれましたように、国民融合論は大多数の人々の支持と共感をえて創造的発展をとげ、いまやこの新しい部落解放理論をみんなのものにすべき課題をになって本集会をむかえています。しかし、私たちの国民融合論は、けっして完成された理論ではありません。むしろ逆に、今日の状況のなかでのあたらしい国民融合論の展開にふさわしく、私たち参加者みんなの総力をあげて、現在到達している国民融合の理論をよりきびしく検討していくところに大きな意義かあるといわねばなりません。とくに日ごろ、行政・教育・運動それぞれの分野で疑問に感じたり、感銘を受けたりしている点などを、自由に討議し合うことによって、国民融合論はますます豊かに、ひろくみんなの
ものになっていきます。
 その意味でもまた、この研究集会は、参加者全員による共同研究の場であるばかりでなく、これまで県下各地の各分野ですすめてきた実践の交流の場でもあります。


 第三回兵庫県部落問題研究集会の成功を、私たちの新しい出発点として、県民本位の地方自治の確立と革新県政の実現をはかり、国民融合をめざす同和行政、同和教育、部落解放運動を力づよく前進させることを、ともに決意して、本集会をはじめたいとおもいます。


 以上、実行委員会としての基調報告といたします。