「書棚:加藤西郷著『宗教と教育ー子どもの未来をひらく』(雑誌『部落』1999年12月号)


宮崎潤二さんの作品「ニュージーランドクライストチャーチ市図書館」



 本 棚
加藤西郷著『宗教と教育一子どもの未来をひらく


       雑誌『部落』1999年12月号

 
 ●そういえば、私も幼少年期には鶏や豚や山羊などを飼っていた。山羊は毎朝乳を搾り、暖めてから瓶にいれ自転車で配達して、僅かな収入を得たりもした経験がある。また羊も飼っていて、何かの病気であっというまに死なせてしまい、死んだ羊を龍にせおい、ひとり泣きながら、私の家の薮の近くに埋葬した子どもの頃の悲しい記憶もある。

 なぜこんなことを思い出したかといえば、笑われるかも知れないが、名字がふたつ並んだような珍しいお名前の「加藤西郷先生」の印象は、私には昔の思い出の中にある、あの山羊や羊の愛らしいやさしい姿がだぶるからである。


 先生の長い教師生活の中では、多くのあだ名がつけられたに違いないが、密かに先生を○○○○と勝手に愛称で呼ばせていただいている。


 ●このたび加藤先生の新著『宗教と教育―子どもの未来をひらく』が、京都の老舗・法蔵館から刊行された。


 早速先生から戴いて一読・再読した。なぜかもう一度また読んでみたくさせる「味のある作品」に仕上かっている。こうした作品に出会えるのはそうざらにはない。希有なことである。


 おそらくその「味」は、これまで先生が歩んでこられたひとりの教育者の、またひとりの宗教者としての「持ち味」である。


 これらの折々にあふれ出した先生の思索の跡は、発表のつど読者に格別の影響と余韻を残したにちがいない。本書の成り立ち自体が、先生の発意ではなく、敬してやまない周囲の方々の熱意によったことにも、そのことは窺われる。


 ●ところで、うかつにも先生の詳しい経歴も知らなかったが、本書によれば先生は「一九二七年長崎県に生まれる。五五年龍谷大学文学部研究科(宗教学科)終了。同学科助手、中学校教員を経て、京都府教育委員会に勤務し、指導主事として生活指導・道徳教育・教育課程などを担当。七二年龍谷大学助教授(教育学・教師教育・教職課程教室主任)。八五年龍谷大学教授。九五年定年退職」され、現在龍谷大学京都女子大学などの非常勤講師をされている。


 二十数年前から「樹心の会」という自由な真宗者のフォーラムを組織され、集会の開催や刊行物の発行をてがけ、現代の諸問題と結んだ地道な取り組みを継続しておられる。


 また部落問題研究でも戦後早い時期から関わりを持たれ、特に龍谷大学同和問題研究委員会で「ドーン計画」で有名な和歌山県吉備町の長期間に及ぶ研究調査と膨大な報告書のまとめの作業に参画された。その成果を踏まえて展開される地道な宗教界への問題提起は、広く知られている。
 こうした研究と実践の中から、本書のような作品群が誕生したことを知ることができる。


 ●残念ながらここでは、本書の多面的で独自な内容に立ち入る余白がない。ただ「目次」を抜き出すだけで、本書の性格と基調の一端に触れていただくことにする。


 近代日本の教育、とりわけ戦後の公教育の歩みの中での溢路ともなった「政治教育」と「宗教教育」の在り方に対する、先生の積極的な方向性の提起をはじめ、ご自身の親鸞に学ぶ「非僧非俗」の立場からの一貫した「宗教と教育の課題の省察」は、加藤西郷先生ならではのものである。本書の目次は以下の通りである。


I 教育の再生をめざして


 非行における人間の研究(非行は人間存在の問題である/非行の根源的意味/自己絶対化の過程/非行からの回復への指標)
 今、なぜ「思春期と道徳教育」か(教育の現在/教育の荒廃をもたらしたもの/道徳教育の目的/道徳教育の内容・方法)
 教育における人間の問題(現代と人間/近代公教育の歴史と問題点/近代公教育全体を貫く性格)


2 宗教と教育の課題


 宗教と教育(宗教教育の二つのタイプ/教育は人類の深い願いに基づく/宗教的批判能力の欠如/若者の宗教への関心の高まり/手さぐりする青年たち/正しい宗教理解の深まりを)
 宗教と教育と道徳(宗教教育と道徳教育/「畏敬の念」とは何か/特定の宗教と無縁の宗教的情操とは/宗教教育の現状/新たな宗教教育の構想)
 自然の研究(「自然と人間」をめぐる問いの状況/自然学校の子どもたち/「自然」ということばについて)


3 人権問題を問い直す


 人権の研究(問題の所在/基本的課題/具体的課題) 
 宗教と部落問題(問題の境位/部落問題への二つの関心/視座の確立を目指して/宗教と部落問題の新たなかかわり/宗教者の姿勢)
 宗教と人権を考える(今日の問題/信教の自由とロ本的風土/宗教的人格権の問題/国 家と宗教の問題)
 「子どもの権利条約」と教育(人権概念の発展と「子どもの権利条約」/戦後口本の教育と「子どもの権利条約」/「子どもの権利条約」の理念を実現していくために)


 ●本書に収録された「宗教と部落問題」に関連した論稿はもちろん目に留めてきたが、その背景に、目次にあるような強靫な思索の積み重ねがあったことを知ることができ、あらためて今日までの先生の全体像の一端に触れ得て感慨を深くしている。


 実は不思議なことであるが、加藤先生の恩師の一人が元龍谷大学の学長・星野元豊先生で、私の恩師の一人が九州大学の滝沢克巳先生で、星野先生と滝沢先生は知友の仲で、両師の間には長期にわたって「仏教とキリスト教」の研究的な対話が深められてきたことは周知のことである。


 これまで加藤先生とは、この共通の師を介して、どこか大事なところで通じ合える何かを覚えながらお付き合いをいただいてきた。今後益々のご活躍を期待している。


         (法蔵館刊、四六判上製・241頁、定価二七三〇円(税共)