連載「神戸からの通信」(第6回)(雑誌『部落』1990年10月〜1991年3月)


宮崎潤二さんの作品「時計台のある赤レンガの郵便局:ニュージーランドオークランド市にて」



           神戸からの通信(第5回
    

         雑誌『部落』「四地点通信・近畿」
            1991年3月号



●神戸からの「通信」の最後は、わたしの足元にある宗教界の部落問題にかかわる現況に触れておくつもりであった。しかしこの問題については、昨年暮れに刊行された『宗教の今と未来』(世界聖典刊行協会刊)のなかの「同和問題と宗教」で、いくらか今日の課題について論じる機会があたえられたので、すべてそちらに譲り、今回はむしろ、毎日の仕事場である兵庫部落問題研究所からの「通信」で締め括らせていただくことにしたい。(なお柄にもないことであるが、求めに応じて近刊『講座・青年』(清風堂書店刊)四「青春はどこへ」で「私の青春とキリスト教」という小論を寄稿した。)


●さて、わたしたちの研究所は、一九七四年四月に創立されて今日まで、神戸を中心に地道な研究活動を重ねて来た。名実ともにその軸となって牽引するひとは、記すまでもなく理事長の杉之原寿一氏である。


 数年まえ先生が神戸大学在任の時、長年にわたる研究成果を『杉之原寿一部落問題著作集』第一期分として全八巻が編まれ、広く関係者に求められた。そして昨年夏から第二期全五巻の刊行に取り組み、このたびめでたく完結した。平均五五〇頁の上製全一三巻は、杉之原氏のまさに部落問題研究への情熱の結晶である。


 殊に今回の第二期分は、いま法後の在り方と当面の課題について説得的な問題提起をされる杉之原氏自身の、確固とした基礎的な実証研究と理論的論拠が鮮明に刻み込まれており、関係者にとって不可欠な座右の糧として歓迎されている。こうした著作が、わたしたちのごとき小さな研究機関で刊行できることはまことに有難いことである。


●また、わたしたちの研究所は、その創立のはじめから研究機関にふさわしく、杉之原氏を中心として部落問題の実態調査を積み重ねてきた。社団法人の認可主体である兵庫県教育委員会による最近の「検査」でも、研究所の研究姿勢とともに研究領域が広く県外にも及んでいる事実に注目し、その公益的な研究活動にたいして過分の評価をいただいた。


 実際、このところ毎年、特に部落問題の解決に取り組む先進的な自治体の重要な各種実態調査(町民・市民意識調査、地区実態調査など)にかかわることができている。そして引き続き、これまでの同和対策の諸成果を科学的に裏付けるための調査が各地で取り組まれ、今後ますます杉之原氏の出番も多くなるに違いない。


●ところで、わたしたちの研究所では今日まで多くの研究者と協力者に恵まれ、その研究成果を世に問い、一定の役割を担うことができた。


 これまで神戸市を中心とした同和地区の歴史的な変貌過程の総合的な研究――人口・世帯、住宅・環境、産業・労働、生活・意識、教育など――を長期間にわたって積み重ねてきたが、ようやくこれから数年がかりで、最近の激動の二十数年間の総合研究に取り掛ろうとするところである。


 そして、こうした基礎的な研究を踏まえて何年か後には、同和行政の本格的な総括として仮称『神戸市同和行政史』の編纂作業に取り組まねばならない。そこには、地域の自主的な取り組みの歴史も含めて、部落問題の解決のあゆみがまとめられる予定である。


●そしていま、これまでこの欄でふれてきた神戸における「新しい流れ」――「住宅・まちづくり運動」「教育文化協同組合」「労働者協同組合」「地域福祉協同組合」など――に関連する幅広い実践課題に即応した研究活動が、いっそう強く期待されてきており、これに研究所としてどう応えていくのかが問われている。


 わたしたちはこれまで、もっぱら部落問題研究に焦点をおいて進めてきたが、問題解決の最終的な達成のためには、従来の固有の部落問題研究の深化とあわせて、共通する幅広い学際的な研究の「協同」が期待されていることを、あらためて知らされつつある。


●その点、わたしたちの研究所の創立以来の目玉として親しまれてきた「市民学習シリーズ」――創刊は杉之原氏の『新しい部落問題』で現在二一号まで刊行されている――の継続とともに、昨年春から刊行を開始していまや研究所の新しい顔ともなっている「ヒューマンブックレット」は、わたしたちにとって確かな手応えのある仕事として定着しつつある。


 このブックレットは、神戸の地域から始められた運動――「市民の力で市街地に特別養護老人ホームをつくろう」――の実践記録を第一号として、『アイヌ今昔ものがたり』『脳卒中一一〇番』『共生の街から―−在日韓国・朝鮮人問題を考える』『近代に残った習俗的差別』『デンマークに学ぶ本物の福祉』『子どもの権利』『障害者の輝く明日を』『どうなる九刈・校則』とつづき、一〇番目として『障害児たちの「一五の春」』が近く刊行されようとしている。


 そして、出版企画の舞台裏に及ぶのはどうかと思われるが、さらに次々と興味深い玉稿が寄せられ、これを担当する事務局の彼氏は、その編集作業にうれしい悲鳴を上げんばかりである。


●このように部落問題の解決に伴って研究所の果たすべき課題も変化し、ひとびとの研究所にたいする期待も徐々に変化を遂げつつある。


 今年上映中の「男はつらいよ・寅次郎の休日」に出演の渥美 清さんの或る新聞に載ったインタビュー記事に、次のようなセリフがあった。


《還暦を過ぎた寅さんは――「寅さんの終わり方? こっちが聞きたいよ。あわてなくったって、世間がちゃんと整理してくれる。それが一番正しいんじゃないですか」――》。


●これは一見、いかにも場当り的な、非主体的な姿勢のように見える。しかし、なかなか味のある、足がシッカリ地に着いた、寅さんらしいことはではないか。


 わたしたちの研究所も、バタバタとあわてず、イライラとあせらず、ダラダラとなまけないで、いつものように落ち着いて、いっぱいあるいまの課題に一緒によろこんで取り組んでいくことで十分なのだ、と思わせられている昨今である。いずれにもあれ、いまは面白い新しい時代を迎えつつある。


                     (兵庫部落問題研究所事務局長)