岡映著『荊冠記』完結を祝して(『部落問題・調査と研究』1995年10月号)


宮崎潤二さんの作品「アムール河・ロシアハバロフスクにて」










          岡 映著『荊冠記』完結を祝して


           『部落問題・調査と研究』
              1995年10月号


          鳥 飼 慶 陽(兵庫部落問題研究所)


 岡 映氏にはこの度「戦後五十年と私」と題して『月刊部落問題』に玉稿をいただき、今その最終校正を終えたところである。そこには、新たな思いを込めて氏の半生が簡潔に振り返られ、部落解放運動と政党活動を軸にして「戦後五十年」が感慨深く浮き彫りにされている。


 そうした中、四半世紀近くに及ぶ闘いの長編実録『荊冠記』が第十部を以て完結した『部落問題・調査と研究』八月号が届けられた。


 傘寿を越えてなお頭脳明晰で、益々旺盛に読書に親しみ、書くという表現活動を楽しみとして、我々読者を長期にわたって喜ばせて下さったその労に対して、改めて静かな感銘を覚えさせられている。


 岡氏は、言うまでもなく全国的な指導者として活躍して来られたが、我々神戸における解放運動の歩みのなかでも、特に一九六〇年代後半からのあの疾風怒涛の激動期に、岡氏の影響力は(岡山県の部落解放運動と言ってもいい)ことのほか大きなものがあった。
 とりわけ、その地道で組織的な取り組みと運動の理論的な指導力は、神戸の解放運動の指針でもあったのである。


 そして八鹿高校事件が引き起こされる少し前、神戸にも岡山にも似た自主的で科学的な民間の研究機関が「神戸部落問題研究所」(後に社団法人「兵庫部落問題研究所」に改称)として創立され、その初期の段階で、岡氏の著書『民主主義と部落解放運動』を刊行させて頂いた。


 これには、当時の岡氏の重要な諸論文に加えて『荊冠記』の底本とも目される長編の『雑草の記』も収められた。
 特にこの「私の歩んだ道と同志たち」のところが、波乱に満ちた岡氏の生涯とお人柄がうまく記述されているとして多くの人々の心を打ち、広く好評を博したものである。


 こうして引き続き四半世紀近い年月をかけ、ここに『荊冠記』「十部十章」二〇〇万字に及ぶ大作が一応の完結を見た。
 しかし、自ら記しておられるように、ご自分としては「中途半端」な完結であり、おそらくこれからも、新たな構想のもとでか、それともこの続編かは別にして、「愉快に読み」「楽しく書き」続けられる日々が継続されて行くに違いない。
 継続は宝であると言われるが、節目(区切り)もまた新たな飛躍のためには必要かも知れない。


 はた目には分からないことであるが、岡氏にとって今現在が特に「古くことの楽しい」時であるようでもある。


 誰にとっても、また幾つになっても、いま・ここから新しい始まりがある。今後も益々健康に留意され、ご自宅で開放されている膨大な岡氏の蔵書の充実と共に、沢山の執筆原稿の山を築かれ、「中途半端」の想いから解放され、後輩たちを叱咤激励していただけることを期待して止まない。(とりがい けいよう)