連載「神戸からの通信」(第4回)(雑誌『部落』1990年10月〜1991年3月)


宮崎潤二さんの作品「バイカル湖付近の農婦」





         神戸からの通信」(第4回


          『部落』「四地点通信・近畿」
             1991年1月号


●前回は神戸の研究集会(昨年一〇月二〇日)での「住宅・まちづくり」の分科会について少し触れた。当日の分科会では、ほかに「二一世紀をめざす教育のあり方」(神戸大学の土屋基規先生の基調提案と三つの報告−神戸の教育文化協同組合、学校の管理教育、東京中野区の準公選運動−)と「二一世紀をめざす地域福祉」(名古屋ゆたか福祉会の西尾晋一氏の基調提案と三つの報告−共同作業所運動、労働者協同組合のヘルプ活動、市街地特養建設運動−)のふたつの分科会が設定された。


●この研究集会は、これまで以上にハッキリとした目的意識をもって、「自立・融合の時代にふさわしい地域住民運動の創造」をめざす、トータルな 「まちづくり運動」を意欲してのものであった。


 神戸の教育運動、とりわけ神戸市「西区教育文化協同組合」の取り組みについては、組合から定期的なニュースが発行されており、一般にも月刊『わらび』などでルポされるなどして、広く人々にも知られているので、今回は今年の一月で丁度満三年を迎えた「神戸労働者協同組合」の活動を取り上げてみたい。


●この活動が実際にスタートするまでには何年かの準備の期間があり、部落解放運動のなかの「産業・就労対策」にみられるいくつかの先進地への視察や学習研究活動が積み重ねられた。そしてようやく機が熟し、神戸の全日自労や任意就労事業の関係者などと協同して、ついに一九八八年一月「働くものの新しい協同組合」の結成の運びとなった。


 最近出来上がった「神戸労働者協同組合」のカラフルな「事業案内」によれば、一九八八年三月に兵庫県知事の認可を受け、現在組合員数二〇〇名。出資金二千万足らず、事業高実績一億円程に達した段階である。それぞれに今ではベテランの働き手が張り付き「公園管理・緑化事業」「ビルの総合メンテナンス」「遺跡発掘」「ホームヘルプ」などがすすめられている。


 まだ草創期の試行錯誤と手探りのときがつづき、スタッフの日々の苦労も絶えることはない。しかし今日の時代を生きる確かな手ごたえを感じさせる活動分野であることは間違いないようである。


●この活動は神戸でははじめての試みであるが、兵庫県下では宝塚や西宮でも以前から地道に取り組まれ、「中高年雇用・福祉事業団全国連合会」のもとで、その持味を発揮し、今も活発な運動が展開されている。いずれの場合も、部落解放運動との関係も深く、神戸における新たな出発にとって、力強い励ましともなった。


●準備段階からこの運動の中心的役割をになって具体化に奔走し、現在も専務理事として活躍しているのは、これまで三〇年近く神戸を拠点にして、ただ一筋に部落解放運動に打ち込んできた活動家・西脇忠之氏である。


 地域のなかで、まちづくり運動の推進役として活躍している彼を中心に、全解連神戸市協がなぜこの「労働者協同組合運動」という新しい道に打ち込むことを決意したのかについては、先号で紹介した話題の本『神戸からのレポート』でも述べられている。例えば、この運動の「構想と実践」の箇所では、次のように記されている。


 《同和行政からの自立は住民にとって重要な課題です。とくに、労働は自立の基本となるものであり、住民の労働意欲を高める取り組みは、部落解放運動の最も困難な、同時に最も意義のある運動といえます。……この中高年の組合に多くの同和地域の不安定就労者が結集し、地域外の労働者と仕事を通して交流を深めるとともに、共に組合の経営や運営に参加することによって、民主的な自覚をもつ労働者として成長しています。》


●これまで部落解放運動においては、その力点の多くが行政や企業や学校や市民に対して「要求・改善を求める運動」に置かれてきた。それがある時期から、問題解決の到達段階を見極めつつ、その力点が、われわれ住民の自立の課題に置かれ、そのなかから、同和施策家賃の適正化運動などが起こされ、同和行政からの自立運動が始められてきた。


 そして地域福祉の拠点づくりの一環として市街地に「特別養護老人ホーム」を建設する運動が始まり、同時にこの中高年の仕事保障の課題が浮き彫りにされてきたのである。


●「自分たち自らが、良い仕事をつくりだし、共にまちづくり・地域づくりに貢献していく」その絶好の揚が、この「労働者協同組合」だということになっていった。


 「特別養護老人ホーム」をつくる運動それ自体が、自分たちのまちの福祉の課題を確かめ合う上で大きな役割を持つのと同じように、たとえ小さな試みであっても、この時代に新しく「協同」を問い、自ら実践的に模索していこうとするところに、これまでには見えてこなかった清新な魅力が存在しているように感じられる。


●先日、休日の一日をかけてこの組合の学習会が開かれた。そこでは、この時代のなかで「泥棒と人殺し以外、われわれはどんな仕事でもする」という意欲をもって良い仕事を創り出していこう、という発言もあった。そこには「仕事」に対する新しい価値観の発見と同時に、新しい「仕事の発見」がはじまっていることを学ばせられた。


 そしていま、全解連神戸市協を中心にして、デイケアや配食サービス、ホームヘルプなどの新しい拠点をつくり「福祉協同組合」を構想する研究会がはじまろうとしている。


 部落解放運動は、これまで長期にわたって住民のすべての生活分野に関わってきた。これらの実績がいま、こうした新しい仕事づくりのネットワーク形成に大いに生かされているのである。


●昨年の暮れには「労働者協同組合」の創設の地であるスペインーモンドラゴン協同組合への視察団がはじめて組織され、神戸から西脇氏も参加した。


 『アリスメンディアリエタの協同組合哲学』などの訳本も刊行され、日本で
も本格的に「協同の思想」が学際的に論じ合われている。豊かな構想と高い理想を抱いて、今後どのような実を結んでいくのか、楽しみなことである。


                    (兵庫部落問題研究所事務局長)