連載「神戸からの通信」(第3回)(雑誌『部落』1990年10月〜1991年3月)


宮崎潤二さんの作品「イルクーツク市内の寺院」





          神戸からの通信(第3回)


          『部落』「四地点通信・近畿」
            1990年12月号


●一九四八年十二月一〇日は、国際連合の第三回総会で「世界人権宣言」が採択された日である。これを記念して日本でも毎年十二月には「人権週間」(今年は四〜一〇日)が定められ、国や自治体でも映画会や講演会、パネル展などが実施されてきている。


 法務省は今年、当初「社会の国際化と人権」をテーマに啓発活動を予定していたが、梶山法相の人種差別発言に対する内外の批判の高まりから、このたび急濾アメリカのマイノリティー問題、人種差別問題を中心にすえた企画変更を行なうべく、「人権擁護局長」名で異例の通達を出したと言われる。


●もちろん、この企画変更自体に異存はない。しかし「人権擁護」の中枢の位置にある法相自ら、その発言に対する厳正な責任の取り方を示さずして、単なるこうした「企画変更」で糊塗することは、余りにこそくなポーズとしか映らない。


 もし誠実を尽くした適正な決断が先にあり、そのうえでの「企画変更」であるならば、今年の「人権週間」の取り組みは、身の引き締まる格別の意味をもつものとなるはずである。


●この「人権週間」には、こうした取り組みとは別に、各地で地道な草の根の活動が積み重ねられている。これまでにも、わたしたちの人権抑圧の状況を具体的に出しあい交流しあう、幅広い市民の自主的な催しが取り組まれてきた。


 ただ、本年はわたしたちの身辺で、「人権」に直接かかわる大きな問題−例えば神戸では、学校教育に関係する「丸がり・校則問題」や全国的に大きな衝撃を与えたあの高塚高校での「門扉圧殺事件」など―が沸騰し、「自衛隊」の海外派兵に道を開こうとする野望が公然と論じあわれる事態を迎えるなどして、例年とは違う「人権週間」を、それぞれに迎えることになる。


●ところで、今回は人権問題にかかわる「啓発活動」について触れてみたい。                          

 この夏、珍しく行政主催の二つの集会に参加した。一つは兵庫県の「差別をなくそう県民運動」、そしてもう一つは神戸市の「心かよわす市民のつどい」である。いずれも神戸文化ホールで開催され、県は大ホール、市は中ホールでそれぞれ工夫を凝らした内容で、それなりに印象に残るものであった。


 たとえば、県の集会では「なくそう差別―ともに生きる社会なんです」という主題をかかげ、全国中学生人権作文コンテストで受賞した優秀作二つを本人が発表、ポスター・標語優秀賞受賞者の表彰、児童文学者森はなさんの作品「じろはったん」のバラード、そして筑波大学の菱山謙二氏の今後の啓発の方向をさぐる講演。そして会場では県下の自治体が知恵をしぼって製作した啓発資料の展示。


 他方神戸の集会では、神戸市独自の制度「人権啓発推進委員」の市長による委嘱式、「この道はいつかくるみち」という老人介護の映画、そして国連の人権委員会委員の安藤仁介氏による国際人権保障に関わる講演であった。


●これらの集会はすでに歴史を刻み、県は二十回目、神戸市は七回目である。 
 年々その内容も、同和問題の解決に見合って変貌を遂げ、その力点はひろく心身障害や高齢者の福祉問題などの人権問題に関心が寄せられている。こうした集会は、県下各地で行なわれ、尼崎市では「こころ きらめき あまがさき」という市民のつどいが企画され、フォーク歌手の高石ともやをかこむ楽しい試みも見られた。


●このような行政主導の啓発活動も、恒例の行事として定着し、一定の役割を果たしており、今後も継続されていくに違いない。しかしもちろん、何といってもわたしたち自らの自主的な手づくりの学習・研究活動が、たとえ小さくとも熱心に、各地で取り組まれていくことが、何よりも大きな力になっていることは、あらためて指摘するまでもない。


 今年も「国民融合をめざす研究集会」が全国各地で開催されているが、兵庫県下においてもそれぞれのブロックで、秋から年末にかけて開催される。前回ふれた神戸の集会は、まちづくり運動(福祉・環境・教育)の新しいネットワークをつくりだす上で、貴重な場となって成功をおさめたが、引き続いて加古川では憲法学者の川口是氏を、柏原町では同じく渡辺久丸氏を、芦屋市では教育学者の杉尾敏明氏を、龍野市では「上方芸能」編集長の木津川計氏と小笠原政子氏らを、それぞれ記念講演者に招き、その地域の実情に即した多くの実践を持ち寄った学習・討議が企画・準備されている。


 一つの集会のために、幾度も準備会や学習会が積み重ねられ、なかには泊まり込みの学習会を続けているところもある。これらの集会は、準備会から総括の集いまで、全体がまさに大きな学習運動になっている。


●また今秋京都で開催された「第十五回自治体労働者落問題研究京阪神交流集会」では、神戸市職部落研製作のスライド「私たちのまちづくり」が準備された。


 この作品は、これまで建築家やまちづくりの専門家、運動関係者などと共にかかわってきた「神戸住宅・まちづくり研究会」の成果を生かし、独自に製作したものである。神戸で実施中の住戸改善運動の教訓や、先進地(京都のコーポ住宅「ユー・コート」や神戸・真野地区のまちづくり)を素材にして、住民向けに積極的な問題提起を試みようとしている。先の神戸の集会でもこのスライドは上映され、京都大学の片方信也氏の基調提案などを受けて活発な交流・討議が行なわれた。


●今秋は神戸でも「アマンドラ」公演あり、八鹿事件の真実をうたう「広き深き流れに」の大合唱がある「全国うたごえ祭典」あり、そのうえに神戸ではじめて「神戸人権問題国際シンポジュウム」も開催される。


 内容の詳細は、既に新聞報道され、期待も膨らんでいる。内外から著名な研究者を多数招待し、神戸らしく国際的な視野からオープンに意見交換が行なわれる。十二月四・五の両日、会場は神戸国際会議場。神戸市が主催する「人権週間」のメインプログラムである。この成果が記録され、活かされることを期待したい。


                     (兵庫人権問題研究所事務局長)