「部落解放とは何か」(第3回)(1986年、第5回広島県部落問題研究集会)


宮崎潤二さんの作品「マオリの民族舞踊:ロトルア市にて」




           部落解放とは何か
(第3回)       

          1986年10月26日


          第5回広島県部落問題研究集会



        ニ 部落解放とは何か―主な三つの視点


(前回の続き)


 以上は、「部落解放とは何か」を問う、前提的な基盤論のようなことです。


 実は、ここのところがハッキリしてきますと、その「基盤」から成り立ってくる「ふたつの側面」、つまり「物質的側面」(労働・住宅・環境など生活諸条件)と「精神的側面」(自立と連帯をめざす生きる力の育成)の両側面が、車の両輪のごとく正しい関連性をもって機能しあっていることも、見えてきます。
こうした、基本的な問題の見極めは、とても大切なことですが、今日は時間の関係で、立ち入りません。


 ところで、私たちが「部落解放とは何か」を考える場合の、必要不可欠な見方として、先の「基盤的・本質的な見方」のほかに、次の二点をあげておきたいと思います。

 
 ひとつは、「歴史的な見方の重要性」であり、もうひとつは、「正確な現状把握の必要性」です。

     
         (2)歴史的な見方の重要性


 ものごとはいつも多面的・立体的にみる必要があるとよく言われます。それは、部落問題においても同様で、出来る限り広い視野から、日本社会の全体構造のなかでの関連性を把握しなければ、問題そのものが見えてこないということがあります。そして同時に欠かす事ができないのは、ものごとを歴史的にみるという点です。


 ひとくちに「歴史的に見る」と申しますが、それは大変に困難なことですけれども、「部落問題とは何か」「部落解放とは何か」を明らかにするためには、基本的なこととして「封建時代の身分差別はどういう性格をもっていたのか」、「新しい時代を迎えていた明治以降もなぜ、部落差別は解決されずに未解決のまま残されてきてしまったのか」、さらには「戦後の部落問題の性格はどのように変化したのか」、そして「現代の部落差別とは何なのか」、といった「歴史的な経緯」をしっかり学びことが、解決への展望をより確かなものにするためにも、重要な課題であることはいうまでもありません。


      (3)現状に関する科学的理解の必要性


 今日の時点で「部落解放とは何か」を考えるとき、先の「基盤的・本質的」見方や「歴史的」見方の徹底・重視とともに、正確な「現状把握」ということが求められています。

 
 自分のことさえ、ほんとうにはよくわからないのに、部落問題の総合的な現状認識の必要性などと言われても・・・という声もあります。確かにそうですが、部落問題に関する人々の考え方や地域に実態の中にいま、どのような問題が残され、何がどこまで解決してきているのかを、確かめあう必要があります。


 そしてその「現状」に対して、運動・行政・教育それぞれの中から、解決の道を共に探っていく取り組みを繰り返して、今日に至っているわけです。


 とりわけ、部落問題の解決の取り組みは、集中的なものであっただけに、現状の変化は急激な変化をつくってきましたし、取り組みの課題も大きく変化していきます。


 たとえば、私たちのところは大都市部落のひとつですが、これまでは住環境整備事業を中心に改良住宅建設が急速に進み、すでに2200戸ほどが建てられてきました。さらに今後600戸あまりの予定がありますが、現在、住宅の課題に関わっては、昨年までは、広く知られていますように「同和施策住宅家賃適正化」に取り組んできて、いま続いて早期に建設された改良住宅の「住戸改善」の検討が、関係者のあいだで真剣に集中的な議論が開始されています。


 その他、中高年の就労事業の取り組みや市街地での「特別養護老人ホーム」の建設運動、そして住民の自主的な教育運動などが、かつての固定的な関係を越えて、関係者の協力をえながら進められています。これらは、新しい状況と課題への、神戸での新たな取り組みです。


 現実の問題をいかにして解決していくかということを抜かすことはできませんが、私たちはいつも可能な限り、もっと先手を打って、問題が現実のものとなる前に、事前に解決できるような取り組みができるようになれば、素晴らしいのですが・・。



   三 部落解放のこれからの課題―住民の自立と家庭・地域づくり

 (次回につづく)