「宗教者と部落問題ー在家牧師の神戸からの報告」(第5回)(同朋教学研修会、2000年8月)


早速、続きをUPいたします。


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           宗教者と部落問題(第5回)


           在家牧師の神戸からの報告


             2000年8月


   (前回のつづき)


そこで、明日の課題に関連させて、これからの課題に少し触れておきます。


  c 「旧い部落問題」と「新しい部落問題」

 
いま「部落問題」という場合、いわゆる封建的な身分制度の残滓としての部落問題(これを旧い部落問題といいます)と、部落問題を解決する過程で生じて来た諸問題、たとえば「部落問題の解決とは何か」「部落・部落民とは何か」といった基本的な問題の理解の仕方の問題ですね。この二つの側面を区別する必要が生まれています。


いわゆる「部落問題」といわれてきた問題は、いわば「旧い部落問題」です。これはこの30年余りの期間を費やして、劇的に改善されてきました。差別の残滓として「実態的な差別」は「劣悪な生活環境・就職差別に伴う不安定な職業による貧困・長欠不就学・病気の多さと寿命の短さ・生活破壊と退廃文化・日常の付き合いや結婚なの差別など」ひとつひとつ取り組みがすすめられてきました。 また一方「心理的差別」として、市民の中の偏見と無知(地域のなかでも偏見と無知がありますが)。こうした諸問題が、実態的にも心理的にも、総合的な改善策が講じられていくなかで、基本的に解決をみとせるところまで到達してきました。この事実は、地域の中で暮らしてきていて、実感として納得がいくものです。

 
ところが、不幸なことに、問題解決の過程で「新しい部落問題」を生み出してきました。これは見分けにくい問題でもあり、「部落解放」の「落とし穴」でもあったとおもわれる側面です。


しかし今日の「部落問題」と言われる問題は、殆どが「新しい部落問題」です。「就職差別」とか「結婚差別」は、法務局の調査でも、解放同盟の調査でも限りなくゼロに近づいています。いまある「差別事象」は大半が「差別落書き」とか「差別発言」とかいわれるものです。 
 

これは、解放運動の中に、行政の中に、学校教育の中に、そして、私たちの宗教界の中に、現在も克服されないで継続中の問題とし残されている「部落問題」ですね。これらが、30数年間の部落問題解決の過程で新たに生み出された新しい傷跡として、「つけ」として21世紀へと残されていくのです。



       教団・教区との関係(主として「賀川問題」)

 
皆さんはご存じないかも知れませんが、キリスト教界では「賀川問題」といわれるものがあります。私にとっては、賀川は高校時代から知っていますし、それなりに尊敬をもっていました。それが、日本基督教団のトップから「差別者」のレッテルがはられて、しかも本人没後の出来事でした。宗教界で部落問題が熱心にエスカレートして過熱するのは1980年代に入ってからのことですね。私はこれにはさすがに沈黙しておくことができずに、1988年に『賀川豊彦と現代』を書き下ろして「対話的解決」を求めたのです。

 
現在すでに2000年、新しい世紀を迎えるときに、今年の私たちの教団総会では、新たな「部落解放方針」を決めて、歩み始めようとするのですから、宗教界の歩調は、はっきりと時代の後追いをしているようなところがあります。しかもみんさんは、誠実に真面目に、そのような方向に疑問も持たずに加熱しておられるわけですね。これは、特定の解放運動団体と迎合しながら、同伴する取り組みになってしまっていますから、なかなか自由な対話運動へとすすんでいかないわけですね。



       2 「大切にしてきたこと」と今後の課題

昨日は、たっぷりとお時間をいただきましたわりには、皆様にお役に立つようなお話もできませんでした。しかし、ご一緒に温泉にも出かけたり、夕食の後は、大分遅くまで、美酒まで持ち込んでの語らいは、私にとっては誠に愉快な時間でした。


二日目の今日も、存分に話せということです。昨日のお話をふまえてこれから、特に宗教者の今後の課題について考えてみたいと思います。これまで私自身が大事にして来た基本的な視点のようなことを、少しお話ししておきたいと思います。

 
昨日は「宗教者と部落問題−一在家牧師の神戸からの報告」と題して、個人的な経験とともに、神戸における部落問題の解決の歩みを、概略報告させていただきました。ご当地でのご経験と重ねてお聞きになって、重なる部分も多かったかもしれません。

 
昨日の最後のところで、「旧い部落問題」と「新しい部落問題」という表現を使って説明をしてみました。いわゆる「日本の封建的身分制度の残滓としての部落問題」は、「差別と貧困」という際立ったかたちで残されてきた、住環境を中心とした改善事業が集中的に取り組まれ、同時にまた市民のなかに残されてきた「偏見」や無知といった問題も、この間に大きく克服されてきたことを、神戸の歩みをお話しするなかで、申し上げて見ました。
 

これは、神戸だけではなく全国的なこととして、「部落問題は最終段階を迎えている」ことが確認されて、長期間継続されてきた特別対策の法的措置も基本的に終結するところまでになりました。
 

ところが、問題解決の過程で、不幸なことに「新しい部落問題」とでもいえる諸問題を新に生み出してしてきました。この「新しい部落問題」こそ、2000年の「現在の問題」であり、これらを21世紀に持ち越してしまうことになってしまったというのが、昨日までのお話でした。

 
もちろん、現在も「旧い部落差別」が全く解決したのではありません。差別的な実態や偏見もなお、いくらかは残されているのも事実です。しかし近年の「差別事象」といわれるものは、かつての「結婚差別」や「就職差別」ではなく、誰が書いたのか分からないような「落書き」や「子供の発言」などが大半ですね。
 

それも「差別糾弾闘争」といった「解放運動の行き過ぎ」や、これに迎合して不公正な行政姿勢を改めることができないでいる行政や、またいつまでも地域を特別視した学校の「同和教育」に対して、多くの市民は、これまでいっぱい疑問や批判をもってきましたし、現在もそれが解消されていません。


時としてそれらが「落書き」という形で「表現」されることが起こります。10数年も前ですが、兵庫県丹波篠山で発生した「落書き」では、解放運動団体の幹部が「落書き」を書いて、行政や市民を糾弾しようとした事件がありました。その幹部は責任を感じて自殺をするという本当に悲しい出来事が起こりました。

「旧い部落問題」の場合は、結婚差別を強いられたり、就職が拒否されたりすることで、悲しみのあまり自ら命を絶った悲しい事件は、30年ほど前の頃には身近に経験してきました。そして其のつど、私たちは深い痛恨の念に襲われて来ました。
 

神戸で、ひとつ忘れる事のできない事件を経験いたしました。それは「部落問題の解決を進める過程で自殺者が生まれてしまう」という「事件」です。曖昧な言い方ですが、長い間、「差別されて自殺する人はあっても、差別をして自殺する人はいない」と信じられて来ました。ところが「差別発言があった」と問いただされて、その事実を確かめる段階で、疑惑をかけられた方が「自殺」されるとう出来事がありました。

 
これは1970年代の半ばに起こった私たちにとっては「大事件」です。神戸市のある区役所で、当時神戸市役所の職員のなかに「解放研究会」というものがあって、其のメンバーが、ある職員が更衣室で「発言」をしたといって問題にしはじめました。詳しい経過は省きますが、そこで嫌疑をかけられた中年の女性職員は、阪急電車に飛び込んで自殺をはかってしまいます。この事件以後、神戸では「解放研究会」だけでなく、運動団体によるいわゆる「差別糾弾闘争」というかたちは、無くなりました。

同じころ私は、1975年でしたか『私たちの結婚』という、部落差別を乗り越えて幸せな結婚家庭をつくっているご家庭のご夫婦の話をまとめて、小さな本にまとめたことがあります。
 

当時まだ結婚が破談になり、差別事件として糾弾闘争が重ねられていた時で、八鹿高校事件が起きた頃でした。結婚といった対人性に関わる問題を、社会性の領域のことをすすめる運動団体などが下手に介入することはけっしてよいことではないという思いをもっていましたが、実際には古くから、厚い壁を乗り越えて幸せを掴んで結婚家庭を築いている人々は、無数におられて、そのご夫婦のおのろけ話をたくさんお聞きして、それをまとめて本にいたしました。


「自殺問題」は現在、生活不安などで多数の自殺者が出て、人間のもろさを露呈していますが、「部落問題に関連した自殺者」については、決して過去のことではありません。むしろ「現在の部落問題」です。それも、従来のような「差別を受けての自殺」ではないかたちのものが多くあり、とりわけ、学校教育や教育行政に関連して、自殺者が出ています。
 

同和教育に熱心な校長先生や同和主任の方などが、自殺や失踪をされていています。昨年末の校長先生の自殺については、「週刊新潮」で詳しく報道されるなどいたしましたから、多くの人の目に留まりました。

 
つまり、「旧い部落問題」は大きく改善されてきましたが、問題の解決の仕方の「不備・間違い」から、「新しい部落問題」を発生させてきていることが、いまあらためて指摘出来ると思います。それは、現在の「宗教界に見られる部落問題」もそのひとつだと思われます。


「どこかおかしい」「納得がいかない」問題を残しながら、釈然としないまま、部落問題の解決というスローガンだけが踊っている。そこに開かれた検討がすすまない。そして宗教教団の場合、大切な「教団の自治」がおかされているのではないか、といった危惧をのこしています。


早朝から暗い話で始めてしまいましたが、今日は「これからの課題」をになうために、少し私自身がこれまで、「ここ」を抜かしては、問題を混乱させるばかりではないかと考え続けてきたことのいくつかを、少しお話しして見たいと思います。皆さんにとっては、あまりに常識的なことかも知れませんが、何かの参考になれば有り難いと思います。