岩田健三郎版画集『あぜ径』(1998年、雑木社)によせて

若い頃からのお世話になった岩田健三郎さんの版画集が出版されるということで、短いお祝いの文章を届けるように依頼を受け、その版画集の中身も書名も聞かされないまま、お送りした拙文です。


完成した版画集は、『あぜ径』と命名され、笠木透さんの編集で、250頁ほどの立派なものです。表と裏をスキャンしました。




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別のブログでも紹介しましたが、岩田さんの作品は、現在は沢山できていますが、前回取り上げた「笠木透と雑花塾」の作品としても、多くのCDや絵本などが生まれてきています。


ここには、知るひとぞ知る逸品『光の海』と『長良川』、そして震災から100日目に完成した『いのちが震えた』を並べてみます。










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         岩田健三郎版画集『あぜ径』によせて



岩田健三郎さんは、これまで無数の版画を描き、独自の画風を刻んできた。
風の便りによれば、ここ数年間、秘に暖めぬいて完成する今回の作品は『あぜ径』という名前の大作で、岩田さんの「版画集」としては最初のものであり、「二一世紀の世界に通じる自信作」のようである。

 
丁寧な日録を収めた『ヘラヘラつうしん』(月刊)は、岩田さんの生活記録であり、類を見ない不思議な言行録である。一九八四年の『ヘラヘラ・マガジン』(冬樹社刊)に続いて、その二年後には木葉書通信(このはがきつうしん)『コトンと胸にとどけたい』(径書房刊)という二作は、活字を使わずすべて自筆の手書きという世にも稀な珍本としても親しまれた。


そして一九九三年の、『光の海』と、このたび出来立てホヤホヤの『長良川』のふたつの絵本は、一〇メートルにも伸びる、世にも稀な水彩画の逸品である。


かてて加えて、わたしたちの願いにも応えて仕上げていただいた画文集『いのちが震えた』も、岩田さんの魅力が存分に刻み込まれた、阪神淡路大震災の記録でもある。

 
岩田さんは「あるくえかき」を自称する。
斉藤茂吉は「写生の歌」を大事にしたといわれるが、それは単にスケッチということではない。「生を写す」意味だった。岩田さんの場合も、生きた人々とじかに出会い、ものに触れて、われわれにはいつも隠されている「生を写す」本格的な「えかきさん」である。

 
恒例の星まつりコンサートや各種の講演会などでの岩田さんは、天下一品の「しゃべくりひとり芸」を披露して、老若男女を感動させる。


そして「笠木透と雑花塾」のメンバーのひとりとしても、その「うた者」振りを発揮する。


さらに、テレビやラジオのパーソナリティーとしても、ふるさとの人々を訪ね、美味と湯里の旅談議に興じる。実に実に、岩田さんの「生活の柄」の奥行は深くて広い。


 この度の「版画集」は五〇歳記念の処女作である。
「えかき道」満載の「岩田健三郎の世界」の出来栄えは如何。これをダシにまた、かつらぎの宿でゆっくりと、あのいろりを囲んで、語り明かしたい。
岩田さんの人生も、これからが始まりである。 

                           神戸 鳥飼慶陽