『在家労働牧師を目指してー「番町出合いの家」の記録』(35)第2部「新しい生活の中から」第3章「働くこと・生きること」(「日録・解放」)

国際都市神戸のどまんなかに、戦後20年余り経過していた当時(1968年4月)にもなお、こうした劣悪な生活環境が放置されていたことには、ほんとうに驚いてしまいました。


しかし、その中で多くの人達が(当時、私たちのまちには1万人以上の人口が密集していました)、どっこい生きていて、問題解決に打ち込む青年たちもいて、ワクワクさせられていました。


当たり前のようにして私たちも、住民のひとりとして受け入れられて、一緒に自治会をつくり、子ども会もつくって、元気イッパイでした。


ここにも、当時の数少ない写真を1枚、収めます。これも餅つきの写真で、前回のもち米を蒸す罐焚きのしごとの外に、餅つきの勇士も残っていました。餅つきはもちろん、幼いときから、鳥取の田舎で慣れたものでした。




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           第3章 働くこと・生きること


              「日録・解放」



(前回のつづき)

1968年4月2日

仕事場の白粉は何とかならないか。のどにタンが引っかかって、どうにも不快である。みな慣れてしまっているようであるが、このままでいいはずはない。


このアパートの隣りの路地を見ろ。大きなねずみがちょろちょろして、異様な臭気を放っている。


共同便所といえば聞こえもいいが、ババタレ用のダルタゴなのだ。番町には7割が自宅に便所がないそうである。ダルタゴなのだ。子どもも大人も、そこここで用を足す。母親たちが溝掃除をして、排水に気を配っているのだが、住宅と下水の整備をしないかぎり、人間の住める場所とはならない。


「窓を開ければウンチがみえる・・」嗚呼!


ベルジャエフの『真理とは何か』を読み返す。昼休みの1時間、公園のベンチにて第一章を読む。雨の日は喫茶店「サターン」にて読書すべし。労働者は学ばねばならない。


4月3日

工場の排気・換気の不備、休憩室の不備、寮の不備、賃金の問題などなど・・。われわれの仕事場には組合はない。未組織労働者なのだ。ゴム産業にも個人加盟の単一労組があると聞く。労働者の解放! これは何時どのようにして実現するのであろうか。


若くて元気のいい男たちが公園にきた。ぼくと同じく汚れた服の3人組である。かれらは黒く、ぼくは白く汚れている。汚れていることの美しさ!


陽のあたらないところで働いていると、たとえ一時間足らずでも陽にあたりたい。空気がうまい。足の裏に魚の目ができて、仕事が辛い。足も陽に当ててやる。


遊びと労働。遊びも労働もともにエネルギーの集中である。子どもたちが遊んでいるのを、こうしてみていると、そこには集中があり、自由と創造と共同があることに気付いた。労働もこのような遊びでありたい。
             〔公園にて〕


4月4日

漸くにして「壬申戸籍」が廃止される。
明治4年に作られた戸籍が、1968年の今日まで放置され続けて、人権侵害を重ねてきたのであるが、それがやっと廃止されることになったのだ。


しかし問題はこれからである。「壬申戸籍」が姿を消すことで済むことではない。部落差別の現実が、根本的に解決されないかぎりどうにもならない。


筑豊の廃炭で生活を続けている旧友I君から「筑豊の歩み」を戴いた。友情のしるしである。


独立者・自立者のことばは、心のおくまで響く。彼の表現には生活が感じられる。働くことが日常性の基礎となっている。この生活の持続のなかで,具体的な課題を発見して取り組んでいく。ここに、当たり前でありつつ、しかも根源的な生き様を知ることができる。


今日も定時で仕事が終わる。友だちは言う「毎日定時がつづくと、他にアルバイトをしないことには食えん」と。確かにそうだ。ほとんどの労働者は、残業とか夜勤で何とか食いつないでいるのだ。


だが、時が金だ。時はゼニと同様にウンと高価なのだ。人間は1日に8時間働くのでも多すぎる。労働時間の短縮と賃金アップ!


Y氏来訪。楽しく語り合う。出合いの家でのはじめての来客である。
問題意識を新しく呼び覚ましていただいた。ここ暫くはあまり外には出ないことにして、ひそかに、こっそりとやるんだ。それでいい。個別性が普遍性に通じているのだから。ここほれワンワン! どんな宝物が掘り出されてくるのか。また合おう!


聖書10冊、Kさんからいただく。気の利いた贈り物である。


今日は母の57歳の誕生日で、はがきを書く。


4月5日

ロール場の今日の仕事は、モーターの故障で少しもはかどらない。働くものにとってそれがどんな理由であれ、仕事が出来ないことほど残念なものはない。あの残念そうな顔たち!


仕事をしないでいることを喜びそうだが、そうではない。適度な労働は人間の基本的なものなのだ。仕事量が多すぎると適度に休み、うまくサボる。適度な労働、生活の出来る賃金、これがぼくらの基本的な権利なのだ。


日曜日、ロール場の友だちが会社にお金を出させて、有馬温泉のヘルスセンターへ花見に出かけることになった。日曜日の出合い〔礼拝〕は、土曜日の夜に繰上げ。こういうことも予想していたことだ。これもまたよし。


夜、番町支部書記長Nさんが、車友会の学習会の案内に来宅。出席を約束した。そのすぐ後に、友達が三人来宅。10時半まで長々とぐちを聞いた。


ぼくは、ぐちやたんなる不満は聞きたくない。問題のただなかでの主体的な決心をこそ聞きたいのだ。自由に喜びに促された精神が息づいてこないかぎり、何事も新しいことは始まらないからだ。


おのずから無理なしに、行為的人間となる。



   (つづく)