「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界」(4)


KAGAWA GALAXY吉田源治郎・幸の世界」(4)

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第1回 「又逢ふ日迄」(故吉田なつゑの思い出)1917年8月(4)


           又 逢 ふ 日 迄

          ――故吉田なつゑの思ひ出――



      (前回の続き)


             故 郷 を 後 に


 4月7日  (土)
 明日はいよく上京だ。今日は誰れも来ないだらうと仕事にかゝる。なかなか仕事をしてゐられない。6人来客、……夜、○○のおばさん来られいろいろのお話出る。夜12時過になる。独りで母家を見まはる。明日から母が独だと思ふと気の毒でならない。


 4月8日、晴、風強し  (日)
 9時33分の汽車で立つのである。2年生全体第三の諸氏。高女の諸氏に見送らる。亀山着車………OO先生の宅にて寫真みる。時間の移るを知らず。先生に送ってもらって汽車に乗る。四日市より桑名迄、OOさまに送っていただく、友垣よ。              


 4月9日、晴、  (月)
 大磯辺りの綺麗な別墅、紅い桃の花が丁度蓮華の様。富士は曇りて見えず。8時頃原宿に首く。兄が品川へ来てゐるかと思へば不在、独で心淋しく当駅につきしが兄居らず、千駄ヶ谷が如何なる方面なるか、辛ふじて人力車に荷物を乗せ、丸岡の家を尋ねる。表札を見し時の嬉しさ。然し独で来たのを思へば実に嬉しい。兄後より怒り乍ら家に来る。15分私の方が早かったのである。おぢ様は旅行中、丸岡の家の美しさ、襖の軽い等大笑ひをなす。恰も別荘風の家である。勝手のよい事此上なし。故郷に居るのと同じ夜の静けさである。


 4月17日、晴、  (火)
 兄夜床る。顔が熱して…………
 
   春深き都の室の夕景色母や如何にと故郷恋ふも


 4月20日、晴、  (金)
 倉橋先生の児童心理の御話は実際面白い。待ちかねる。昼眠くってく保有室でOO先生と二人幼稚園の批難から長所やらを云ひ合ふ。………オルガン練習、ドゥしたって6時帰宅になる。00000さん鏡面に立ちて、先生「アプラヤサントッテクダサイ」「アブラヤサンテ何」「アブラヤサンテアブラヤサンヨ」 ○○先生に間くとアブラヤサンはエプロンの事だとか。烏は何處へ行っても黒いのに言葉は處変わればだと思った。牛込辺りの電車の窓より見える桜が葉桜にならうとしている。                         
  

 5月10日、晴、  (木)
 児童心理の一時間、実に実のある一時間である。何だか人が違ふやうな、・・・東京へ来て、内村鑑三先生と、倉橋先生との御二人の御話は違ふが確かに實がある。


 5月17日、隋、 (木)
 叔母様の病気旱く癒ゆる様神に祈る。昨日より8時半始、30分早く出る。電車ーぱい。いやになる。四谷あたりのつつじが奇麗だ。桜は皆葉になってしまった。身体検査、隨分可愛いヽ。今日は教生室でm女史の自巳訂正により自己訓練の道具紹介してもらふ。
 唱歌の練習あり。OOさん明日私心指導の遊戯のピアノ―生懸命練習遊ばす。
 夜青山○○病院へ薬貰いに行く。観世音の祭で夜店多く出る。一銭のチャ目公買はうと思ったが、きたなくて止しておく。


 5月26日、晴  (士)― 発病前七日也―
 植物の時間二時間とも花壇めぐり何十種かの名を覚えた。午後高工(紀念祭)に行かんか、講堂に行かんか、楽器の練習せんかと迷ふ。ooさん高工に行かる。私は講堂に、下田次郎君の人の世、シルレルの詩。三宅雪嶺の女子、婦人の区別、石橋君の心理學上より見たる料理。後オルガン練習。○○さんと共に5時過ぎ帰る。家より荷物。OOさん、OO先生より葉書来る。明日は柏木(内村氏)より帰りて○○さんの御宅を尋ねんと心に定める。


 日記は此處で終ってゐる。後は臼い紙が冷たく光ってゐる。ページを繰る私の前に病床に臥せゐ彼女の姿がマザマザと浮ぷ。ああ白いベージ! 白いベーシ! 永久に彼女の触るるを許されざる白いページ。


   (つづく)