「賀川豊彦の贈りものーいのち輝いて』(第1回)(未テキスト化分)




賀川豊彦の贈りものーいのち輝いて


     第1回



       はしがき―「賀川豊彦献身100年記念」を前に
 

 不思議なご縁で「賀川豊彦」に魅せられ、はや50年が過ぎました。高校生のときに出合うことのできた牧師夫妻から、はじめて「賀川豊彦」について学び、その影響で牧師の道へと導かれ、いまにいたりました。


 この牧師夫妻は「鎌谷幸一・清子」御夫妻で、夫婦とも牧師でした。幸一先生はすでにその生涯を終えておられますが、清子先生は90歳をこえてご健在です。5年前『賀川豊彦再発見』を謹呈したおりも、わざわざ丁寧な御手紙を届けてくださいました。その文面には、つぎのようなことばが記されていました。


 「賀川先生は、私にとっては信仰の大恩人、そしてお兄さんの様に懐かしい人です。優しく厳しく導いていただいた、とっても身近に思える先生です。
私が幼少の頃、両親と死別し、親亡し児と言うことで、この世にすねてひがんでつっぱり、いわゆる問題児になってみんなに心配をかけ、親族会議の結果預けられたのが『武蔵野農民福音学校』、所謂『賀川農場・賀川塾』でした。全国から私の様な子供たちが預けられて塾生活をしておりました。(中略)
 昭和10年2月10日、雪の降る聖日、賀川先生より洗礼を受けたのです。20歳の時でした。賀川先生のその柔らかい温かい手のぬくもりは忘れられません。そしてえくぼのあるあの笑顔は、今もこの目に焼き付いています。(中略)
愛の人・赦しの人、徹底して愛の深い、寛い、赦しの人との印象が強く残っております。難しいことは、私にはわかりませんけれど、とにもかくにも素晴らしい先生でした。こうして書いてくださったこと、とても嬉しくありがとうございました。」


 賀川豊彦と同時代を生きてきた人々が、だんだんと少なくなるなか、賀川を直接知らない世代に属するものが書いたこんな小さな作品でも、こうして忘れえない日々のことが、いま新しく甦る契機にはなるようです。嬉しいお手紙でした。


          賀川豊彦生誕百年」から20年


 ご記憶の方もあると思いますが、1988(昭和63)年は「賀川豊彦生誕百年」の記念の年でした。あれから早くも20年近くの歳月が過ぎました。


 あの年は映画「死線を越えて賀川豊彦物語」をはじめ演劇、講演会やシンポジウム、資料展示や写真集の出版等々、多彩な事業が展開されました。当時は、賀川豊彦と共に歩まれた先達が、まだ多くご健在でした。いずれの企画にも、静かな熱気が漂う意義深いもので、いまもあのときの記憶が、鮮やかに想い起こされてまいります。


 とくにあのころ、キリスト教界の、なかでも日本基督教団にあっては、賀川没後20年以上を経たなかで、当時の部落解放運動による差別糾弾闘争の余波を受け、同時に教団の抱えた内部の事情もからみ、いわゆる〈「賀川豊彦と現代教会」問題〉といわれる「難問」に突き当たっていました。一般にこれは「賀川問題」とも呼ばれていましたが、それは賀川豊彦の「部落問題認識」と彼の「部落解放運動に対する批判と離反」、ひいてはその「福音理解の問題」にまでおよぶものでした。


 ここで展開された「賀川批判」は、あまりに一面的なものであったことから、同じ教団に属するひとりとして、1986(昭和61)年5月、直接当時の教団総会議長宛に「質問と希望・意見」を提出するなどした上で、もっぱらこの問題の解決のために、わたしにとって賀川に関するはじめての著作『賀川豊彦と現代』を、兵庫部落問題研究所より刊行したのでした。それが丁度この「賀川豊彦生誕百年」の年とかさなりました。


 これに対する教団関係者からの直接的応答はありませんでしたが、本書に対する一般読者からの、思いもかけない大きな反響をお受けしました。多くの新聞や雑誌でも取り上げられ、各種の集会において「賀川豊彦」を物語らせていただく機会まで与えられました。


 賀川豊彦は現在、その名前さえ知らない人々もけっして珍しくありません。しかし一方でなお多くの人々の心のなかには、彼の献身的な生涯の足跡が、ずっと消えずに生きていることを、再確認させられることになりました。


 そして、あれほど声高に取り上げられた「賀川問題」も、日を追うごとに影をひそめていきました。あの「賀川豊彦批判」は、新しい時代につなぐ積極的なものをほとんど残さず、未消化のまま「沈静化」していったように、わたしには映ります。


 逆に、あの乱暴ともいえる「賀川批判」を機縁にして、これまでにも倍して、身を入れて「賀川豊彦を学ぶ」幸運に恵まれることになりました。


 こうして第1作の『賀川豊彦と現代』から14年後の2002(平成14)年秋には、その間に与えられた愉快な諸経験を書きとめたものをまとめた小著『賀川豊彦再発見―宗教と部落問題』を創言社より刊行できたのでした。そしてこれも、お蔭様で第一作同様、多くの方々に受け入れていただきました。


 かてて加えて、柄にもなく幾つかの大学や専門学校で「人権教育」もしくは「人権論」を講じてきていましたので、第2作の刊行以後、これを授業のテキストに活用して、現代を生きる若い学生諸君に、いっそう新鮮な今日的な問題意識を盛り込んだ「賀川豊彦講義」をおこない、現在に至っています。


 そこで今回、前作からはまだ日を重ねていませんが、その後の諸論稿と講演記録などの中から、「賀川豊彦と部落問題」に言及した第3作目として、本書『賀川豊彦の贈りもの・いのち輝いて』を刊行することにいたしました。


 まずはこれで、わたしにとっての「賀川豊彦3部作」ということになります。


    (次回に続く)