宗教界の部落問題ー「対話」ははじまるか(雑誌『部落』1997年11月特別号所収)「序」

今回もはじめに、藤原昭三先生の遺されたスケッチを1枚、掲載いたします。




前回2回に分けて掲載した「宗教と部落問題―「対話の時代」のはじまり」は、1997年10月12日、北九州市で開催された第26回部落問題研究集会における講演草稿でした。今回から収める論攷は、同じ年の雑誌『部落』12月特別号に、いくらか状況報告を含む長文論攷として寄稿したものです。


「宗教界の部落問題」に関しては、すでに別のブログでも掲載してきましたので、その概略は理解していただいているかと思いますが、1980年代の初頭になって、日本の宗教界は部落解放同盟による差別糾弾闘争の対象となり、それに対応するかたちで「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議」という組織が作られていった経緯についても、既述の通りです。


そしてその流れは長期間継続され、これらの論攷を書き上げることとなった20世紀末の時点(1997年)においても、いっそう問題は複雑化していました。そうした時代の歴史的文書のひとつとして、これをお読み頂ければ、何かの参考にはなるのではないかと思います。何分この分野は、長い間、広く開かれた形での対話を重ねることにはなりませんでしたので、小稿もひとつの味方として、自由に俎上にのせて、いまからでもご批評をいただくことが出来れば幸いに存じます。


21世紀を迎えて、部落問題の基本的な解決の段階に至っている中で、いまなお「宗教界の部落問題」の状況は、どれほどの変革を生んでいるでしょうか。


ともあれ、今回はまず、本論考の「序」をのみ収めて置きます。今から14年も前の作品ですけれども。